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2015.12.29

「たましいを育てる」=「自分の脳ミソで考える」子どもを育てる

 Eテレ「こころの時代~宗教・人生~」に、『やまびこ学校』で有名な無着成恭 先生が出演されてました。ビデオに録画していたものを、先ほどようやく観ました。

 番組の中で仏教の本からの引用で「師は必ず弟子の問うを待って発話するなり」という言葉がありました。
 無着成恭 氏から「そうでなければ我田引水になってしまう」というご発言がありました。

 これは即ち、まずは学び手が考えるのが先で、学び手が必要性を感じて問いかけがあってから(=その後から)伝える(教える)ということで、教育は今で言う「アクティブ・ラーニング」であるべしということをおっしゃれているのです!

 学校は、「教わるー教える」のあるべき姿の教えを、どこかで立ち消えにしてしまったのですね!

 それについての解説もありました!!

 原因は『時代のうねり』と言っていました。
 「戦後が終わった」という時代に、農業国家から産業国家に移行します。国民全体が「所得倍増」を目指します
 この「高度経済成長」の時代に、受験競争の激化、知識の詰め込み、点数至上主義と、学校が変貌します。

すると、「(知識を)つめ込まなくてはならない」→「質問を受け付ける時間がない」⇒「質問をさせないシステム」を構築されてしまう、となります。

 要は昨今言われるワンウェイ授業の確立ですね。
 一昨日、書いた記事のとおりです。

 その中で、「やわらかい魂をもった子どもが振り落とされる」ことが起こります。無着成恭 氏はそれを「日本の損失」と言ってました。「『なぜ落ちこぼさせられたのか』とも考える余裕もなく、落ちこぼれる」とう現象が起きます。

 本当は落ちこぼれる必要のない子どもの仏性を認めないから、暴力沙汰の現象が起こる、とも申しておりました。

 丁度私が、子どもころに大きな問題となった現象(校内暴力やツッパリブームなど)ですね。

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 教員は『たましいの技師』であるべきと、無着成恭 氏はいいます。
 「たましいを育てる」=「自分の脳ミソで考える」子どもを育てるのが、教員の本来の務めだと申しておりました。

 全く「アクティブ・ラーニング」そのものです!!

 結局、高度経済成長からの転換期に、社会の影響を受けるのがワンテンポ遅い教育現場で働く教育関係者が、前進しつつも上手にコーナーを曲がる必要がある、ということだと思われます。

 社会が転換期を迎えているのですから、「変わらなきゃ」と痛感する先生方も徐々に増えて来て、教育全体も変わっていく方向に流れを作らねば、と思う次第です。

 ということで、一昨日書いた記事での展望が裏付けられた形でしたcoldsweats01

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追伸:
 もう一つ、無着成恭 氏発言が、印象に残りました。

(正確な言い回しではありませんが)
人間が、部品として使われるようになったら、暴力が生まれる。(目的に対して)『使えない』という人物が生じ、その人の居場所がなくなるから。」

 「人材」という発想で人を下に見る、上の立場にいる人が、世の中を悪くする流れを作ってしまっているのでは?

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