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2015.11.29

「スクールカースト」の思索:1「読み比べ」

 私が大学生の頃より深く考えていて、更に教員となって20年、度々考えていたある仮説があるのですが、その仮説について思索を深めるため、「スクールカースト」について理解を深めようと、以下の3冊を読み比べました。

◎『教室内(スクール)カースト』鈴木 翔 著(2012年)
◎『スクールカーストの正体~キレイゴト抜きのいじめ対応~』堀 裕嗣 著(2015年)
◯『「プロ教師」の流儀 キレイゴトぬきの教育入門』諏訪哲二 著(2014年)

【定義】
「同学年の児童や生徒の間で共有されている「地位の差」を、本書では「スクールカースト」と呼びます。」(『教室内(スクール)カースト』はじめに(p.6))

むしろ『教室内(スクール)カースト』のそで(=表紙の裏側)に書いてある以下の記述が更に端的。
「スクールカーストとは、主に中学・高校のクラス内で発生するヒエラルキーのことで、小学校からその萌芽はみられる。同学年の子どもたちが、集団の中で、お互いがお互いを値踏みし、ランク付けしていることは以前から指摘されており、いじめや不登校の原因となることも言われていた。」

【定義の補足】
※『スクールカーストの正体~キレイゴト抜きのいじめ対応~』をもって、「スクールカースト」を補足的に捉える

(序章(p.10))「同学年集団、つまり同い年の人間が集まる三十人~四十人くらいの中規模な集団において、人としてどちらが上かどちらが下かと測る、そんなイメージで捉えると理解しやすい。」
(続けて((p.10)「職員室にも厳然とした職員室カーストがある」、(p.15)「それはちょうど、子どもがある一定の年齢になって公園デビューを果たした若いママさんが、ママカーストに苦しむのにちかいかもしれない。」と、別な集団の〈カースト〉に言及)

【「スクールカースト」の、用語としての側面】

※『教室内(スクール)カースト』より・学術用語ではなく、公文書の中で登場することはない。(p.28)
・「スクールカースト」という言葉を生み出した人物は、『AREA』(2007年11月19日号)がインタビューに成功した「システムエンジニアのマサオさん(29)」(p.33)
|この記事の2年ほど前にネットで登録、とあるので、2005年のことと推測
・森口 朗 氏が『いじめの構造』(新潮社・2007年)に「近年若者たちの間で定着しつつある言葉」として掲載。(p.28,29)

※『教室内(スクール)カースト』の著者の鈴木 翔 氏は「うまい言葉をつくるものだなあとすごく感心」し(p.28)、『スクールカーストの正体~キレイゴト抜きのいじめ対応~』の著者の堀 裕嗣 先生は「初めて聞いた時に、生徒たちを取り巻く教室内の階層意識を的確に表現する語として膝を打った記憶がある。そのくらい生徒たちをとりまく状況を表すのにぴったりの言葉だった(p.8)」そうだ。

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 『教室内(スクール)カースト』と『スクールカーストの正体』と読み比べて感じた点は、筆者の立ち位置の違いです。

|『「プロ教師」の流儀 キレイゴトぬきの教育入門』は、『スクールカーストの正体』
|で引用されていた内容を確認するために読みました。

『スクールカーストの正体』
・ベテラン教師の著者が、教師の視点から書いている
 それは「東北のある大都市の隣町で、大きないじめ自殺が起きた」ことが、本の執筆の動機になっているからだと思われます。しかも、堀先生や森口先生が過去(2010年)に議論した内容が、教育現場に浸透していない故に、解決すべき問題が解決しないことを由々しき問題だと感じられているからだと思われます。

・〈スクールカースト〉を、実際に起きている現状として分析し、それを踏まえた行動・対処を求めている
 〈スクールカースト〉の上下を生み出す「コミュニケーション能力」の具体を〈自己主張力〉〈共感力〉〈同調力〉とし、それぞれの有る無し(2×2×2=8通り)のタイプが、人間にも、教員にも存在すること、そのことに派生することを理解することから、だと思われます。
 「教師たちよ、お前たちはもう、この言葉を無視できないぞ」(p.9)の表現が印象的です。

『教室内(スクール)カースト』
・「【大学1年生を対象にしたインタビュー調査】「これまでの学校生活の人間関係に関する回顧的調査」」を元にした、生々しい証言
 これは、当事者でなければ実感できない部分が、言葉として表に出ています。

・第2章の「先行研究の検討」によって、なぜ「スクールカースト」に着目すべきか、の流れが分かる
 僕の一番の関心は、ここにありました!

▼【大学1年生を対象にしたインタビュー調査】が10名と少ない上に、【現役教員を対象としたインタビュー調査】の4人の回答が、教師集団の傾向を表せるとは思えない。
 この本の書評をネットで調べると、この点での批判が多いです。
 正直、これは批判されても仕方がないかと。僕でさえ「確かにこういう教師もいるけどねぇ…」と、ななめ読みになりました。

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 本としての質は『スクールカーストの正体』の方に軍配が上がり、現場での指導に示唆を与える効果も大きいだろうと思います。

 ですが私が注視したのは、『教室内(スクール)カースト』側があぶり出した「スクールカーストが生まれるメカニズム」です。
 日常生活のちょっとしたことが、「カースト」と呼ばれるような上下を生み出していると思われます。

・「人間が出会うと、そこには必ず『値踏み』というものが発動する」(p.3 豊島ミホ『底辺女子校生』を引用して)
・「スクールカースト」の認識は発達段階で変化する。(p.84)
・(小学校)(高学年くらいになると)「男子の女子に対する態度が変わってくる」「◯◯ちゃんのグループが◯◯くんを誘ったら絶対ついていくのに、ウチら下のグループが誘ったときは、返事が半々だ」(p.93.94)
・(中学か高校)「運動(が)苦手な子たちっているじゃないですか?そういう子たち(上のグループに)「ちゃんとやってくれない?」とか言われたり(してた)。やりたくてもできないことかもいるじゃないですか?

 こうした日常で見られるちょっとしたことが、大きな差を生むケースって、よくある話だと思うのです。
 『教室内(スクール)カースト』では、だからといって上手にやり過ごす子の話、やはり辛かったと深刻に受け止める話、その上下関係がリセットされずに次の学年や新しいクラスでも引き継がれる話、時によって上下関係が入れ替わった話、など、体験者の話として語られているのが大きいと思われます。

 今回は、2冊+1冊を読み比べて、より俯瞰的に、理解が深まりました。
 これを踏まえて、私の思索が進むのですが、次回でm(_ _)m

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追伸:
(『スクールカーストの正体』p.143)「〈スクールカースト〉という比喩的な命名を施したのは森口朗でもあければ鈴木翔でもない。おそらくは~(以下略)」

 ここだけは紙面に載せる前に『教室内(スクール)カースト』を確認して欲しかったところですbearing

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