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2012年9月16日 - 2012年9月22日の1件の記事

2012.09.17

「記号化された情報」と「身体によるリアリティ」

 読書感想「『超デジタル時代の「学び」』を読んで」の(3)です。

6・7ページ

「 歴史的に見れば、19世紀までは「実体論」が私達の生活を支配していた。つまり、モノはそこにあり、コトはそこで起こっていた。しかし、20世紀はテクノロジーやメディアが著しい発展を遂げ、それとともに「記号」が私達の世界を支配するようになった。私たちは「記号」により「分かったつもり」になることを覚え、「身体によるリアリティ」を失ってしまった。本来、「感性」や「知識」とは「状況に依存しているもの」である。しかし最近は、状況に依存しない情報(=リアリティのない情報)だけが私達の回りを囲んでいる。その結果、私たちは周りの物や事に「自分なりの意味」を全く見いだせなくなった。たしかにそれは、これまでの科学が必死になって追い求めていた客観性にとんだ「きちんとした知」に他ならない。そして、それらはコンピュータで扱うことが可能な「知」である。
 「しかし、世界のあらゆる対象が記号化した結果、そこに立ち表れてくるのは、物や事に対してリアリティがない「のっぺりとした世界」なのである。
 「のっぺりとした世界」に対し、人々は大きなストレスを感じる。現代のストレスとは、本来人間が「生物」として持っている本質、つまり「身体性」や「感性」を失ってゆくことに対するストレスなのである。人間が身体性をもって、これまで「ヒト」という種を維持し文化を創りだしてきた以上、身体を通して状況から学ぶことは至極当たり前のことであった。また、五感をもって(ある時には第六感をも使って)状況と関係し、そして時には「マイナスの方向性を持つ知」をも認め「理性」とのバランスを保っていきてきたことは至極当たり前のことであった。本来「人間」という存在は、工業化時代になろうが高度情報化時代になろうが「生物」であり、その本質においても何も代わるものではない。現在大きな問題となっている「ストレス」の原因は、そのような本来「生物」として持つべき「知」的スタイルから私たちの暮らしが大きく逸脱していることに他ならない。」

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 私たちは、情報化の恩恵を便利に受けている、がしかし、情報化によって生じた「のっぺりとした世界」は「本来「生物」として持つべき「知」的スタイルから大きく逸脱している」ために生じしている「大きなストレスを受ける」と著者はまとめています。

 これは、小・中・高校の子どもの感じる「ストレス」でも、社会人になった大人が感じる「ストレス」でも、結構な割合で当てはまっているのではないかと思いました。

 「ストレス」に悩む人は相当いると思いますが、そのストレスから逃れる方法のヒントが、ここにあるような気がします。

#例えば、動物に癒される「アニマルセラピー」って、「人間は生物」という
#ことに帰着するのではないでしょうか。

 ただしこの情報化社会のストレスは、全てが悪ではないはずなのです。
 例えば、本や手紙など、「身体によるリアリティ」ではない情報受けて、直接その言葉を書き手から言われなくても、感動する、などがあり得ます。
 「リアリティ」と「記号化された情報」の量のバランスが問題、なのでしょう。

 それでは、学校での「記号化された情報」の量は、どのように制限されるべきなのでしょうか?
 恐らく、発達段階は考慮する必要があり、小学校低学年と高校生とでは違うでしょう。

 そして“生まれた時から「記号化された情報」の量の割合の多い社会に生きてきた子どもたち”に対しては、「リアリティ」の割合が多少低くても、ストレスを少なく生きていける、のでしょうか??

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