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2010年8月8日 - 2010年8月14日の5件の記事

2010.08.14

痛くて当たり前!(reflect on 高校論題:3)

 前回少し触れましたが、僕の中では、癌の話を織りまぜてつくられる数的な重要性は小さい、と思っていました。確かに、2003年、そして今年も、数の話題を出したほうがジャッジに採ってもらいやすい、とは思います。

 しかしながら、2003年の段階で僕は、末期ガンの患者さんから既に、話を聞いてしまっていたのです。

 今一度、【 こちら 】を御覧下さい

 うちの中学生が、末期ガンで宮城県がんセンターの緩和ケア病棟に入院されている末期ガン患者に、聞いてしまったんです。

 「実際には痛いんですか?」

 その答えは、

「癌は痛くて当たり前なんです。痛いから死ぬ、という話は、ありません。」

「ガンは、痛いとかで乗り越えられるものではない
 (今は)
安楽死をしたいという人にどう接するかを考える時代だ」

 僕はこの時、論題の捉え方が変わりました!

 高校論題に取り組んだ皆さんが、もしもこの方に、ディベートの試合に臨む前に出会われたら、なんと声をかけますか?
 痛みが和らいでも「実際には精神的な苦痛もありますよね?」とか、聞きますか?

 もちろん、このような患者さんは、プランに該当しない、積極的安楽死を施すような患者さんではないので、区別されるのですよね?

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 でも、僕は考えます。

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2010.08.13

徐々に軌道修正(reflect on 高校論題:2)

 2003年以降、「積極的安楽死を認めても良いという病気はいかなるものか?」とずっと考え続けていました。

 一度だけ、深夜のニュースの特集だったと思うのですが「(飛び降りなど)意志がないのに自殺行動をしてしまう病気」というのを見たことがあります。奥様がその病気で、旦那様がいつも一生懸命に止めていた(体を押さえる、など)という記憶があります。しかしその時には、番組をチェックする術がなく、何という病気か分かりませんでした。
 ですが、そういった病気であれば、本人の意志がないままに自殺されるよりも、合意のもとで“早くに”死を迎える積極的安楽死を施しても良いのかなぁ?、とは思っていました。
 …結局のところ、その病気が何という病気かは、今現在もわかりません。

 そこで前回書いたように「(死にたいという)要望を受け入れないことの方が反倫理」という事例があるALSであれば、場合よっては、積極的安楽死を施しても已む無し、という主張ができるのかな?と思って、リサーチをしました。

 すると身近の宮城県ALS協会のサイトに、非常にラディカルな主張をされている方がいらっしゃることを知りました。

http://www.miyagi-jalsa.net/060312koen/02.html
日本ALS協会宮城県支部ホームページ 2006年3月12日に行われた講演会でのALS患者の渡辺春樹さんの発言
「ALS患者にとって、気管切開と人工呼吸器による延命の選択は今までどおり患者本人に委ね、その処置後の患者で尊厳死を望む者には、安楽死を、となったらどんなにか良いでしょう!その方が研究者もゆっくり研究出来てよくはないでしょうか?
(中略)
苦痛に満ち惨めで、治らない病気の時は死んだ方がましです。ALS患者が人工呼吸器で長生きすると、体が全く動かなくなり、眼球も動かず、まぶたは閉じたままになります。生ける屍です。」

 実は私の通っている教会には、菅英三子さんという著名なソリストがいまして、毎年ALSの患者さんを招いてチャリティーコンサートを開いています。私も一度行ったことがありまして、ALSの患者さんを目にしたことがあります。
 そういう予備知識があった状態で、前回書いた照川さんの事例、この渡辺さんの事例があると、現状では困っていて、(消極的安楽死に留まらずに)積極的安楽死までを求めている方がいらっしゃるのだなぁ、と思いました。

 そこで本校はオンラインディベートで、この資料を用いて試合をしてみた場合、どのようになるのかを試してみました。

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2010.08.12

尊重しないことがむしろ反倫理(reflect on 高校論題:1)

 論題発表後、実際にどのように学びや考えを進めてきたか、ということは、勝敗に影響する可能性もあり、中々オープンにはできません。

 そこで、全国大会も終わったこの時期に、取り組みの一例を今後に残す意味もあるだろうと考え、大まかな流れを中高に分けて振り返りの記事を作成してみます。

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 本校において私の校務分掌は『情報システム部』への所属となっております。
 校内のネットワークや情報&データ処理を主な仕事として、幅広く頑張っております。
 その『情報システム部』の担当の方のおかげで本校には、主に小論文や志望理由書を書く生徒達に役立ちそうなテレビ番組を、DVDに保存してあります。
#もちろん著作権法の範囲内で、校内での教育目的での利用のみに活用しています。

 ディベート甲子園の論題が発表される前も、そのビデオの幾つかを見て、日本の経済に関する内容などを学ぼう、という形で部活動をしていました。

 で、いざ論題が発表された後、そのDVDに残された番組の中に…中学論題に関するものも、高校論題に関するものもあったのですが・・・どういう訳か3月当初、中学論題のものはすぐには見つかりませんでした。
 逆に、高校論題のものはヒットでした!

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クローズアップ現代:2009年 2月 2日(月) 放送
“私の人工呼吸器を外してください”~「生と死」をめぐる議論~(NO.2691)
http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=2691

(以下、引用開始)
「「私の病状が重篤になったら、人工呼吸器を外してください」。こう訴えるのはALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者、千葉県勝浦市で暮らす照川貞喜さん(68)。今は呼吸器を付けて生活しているが、病状が悪化して意志疎通ができなくなった時点が自分の死と考え、死を求める要望書をかかりつけの病院に提出したのだ。病院は倫理委員会を設置。1年間にわたって議論が行われ、去年「照川さんの意志を尊重すべき」という画期的な判断を示した。しかし、現行法では呼吸器を外すと医師が自殺幇助罪等に問われる可能性があり、波紋が広がっている。」(終わり)

… … …

 僕が印象に残ったのは、以下の言葉です。

http://samuraigiyou.blog116.fc2.com/blog-entry-43.html
(上記クローズアップ現代のセリフを文字に起こしたサイトです)

(インタビュー: 倫理委員会委員長 田中美千裕医師)
「田中: (議論では)自分が照川さんだったら、自分がその配偶者だったら、自分がその家族だったら、と置き換えてものごとを考えるというのが思考過程で重要な位置を占めていたと思います。
本気で照川さんの意思を尊重してあげないと、そのことがむしろ反倫理、倫理に逆らうのではないか。委員のメンバーの多くが共感していたことだと思います。」
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 論題発表の1年以上の前の番組を見ることができること自体、情報システム部の担当の方のお働きに感謝です。

 そして番組を見て、様々な立場の人(精神科医とかだけではなく)1年も協議して、患者の意志を尊重しないことの方が反倫理、という事例があるのか、というところが、今年の出発点でした。
 ただ、上記事例についてネット上をいろいろと調べてみると、賛同する意見もあれば、同じALSに関わる方々からも反対の意見があることもわかりました。

 更に後ほど書きますが、実際にALSに関わっている方々からお話を伺うと、更に検討が必要な点が多くあることが学べました。

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2010.08.10

当日の僕を立ち直らせた言葉

 『ディベート甲子園』への生徒引率は今年で10回目。そのうちで決勝トーナメント進出は中高合わせて3度しかありません。
 もちろん、全国大会へ生徒を引率できるだけ幸せなのだということも認めつつ、ですがそう結果を残せない指導者であることも事実です。

 全国大会では、自分の学校が負けても、支部の学校が勝ち残っていれば、微力ながらサポートに回っていました。

 ですがどうしたことか、今年は、会津若松第二中学校さんが勝ち残ったものの、「たまには、決勝トーナメントを見学しない過ごし方をしてもいいよねぇ…」という心持ちになっていました。幾つかの要素が重なったことを自覚できましたが、結論として、自校の敗戦のショックでモチベーションが予想以上に下がってしまいましたsad

 そのような気持ちを背負って、自校の席に戻った時のことです。

 この春本校を卒業し、関東圏へ進学したOBに、僕が会議のために不在の際の生徒引率代理を少しお願いしていたのですが、そのOBに「午後からどうする?」という話を聞いた時です。

「岡崎高校の試合を見てきます。S君も行きます。」

をを、8試合あるうち、なぜそこなのかな?と思ったら、

「岡崎高校さんは予選で2試合、肯定側で勝って決勝トーナメントに進出したんです。で、決勝トーナメントでも肯定側なんです。どういう議論をして勝てたのかな、と思って…

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2010.08.09

思うような結果が出せず

 遅くなりましたが、本校中学・高校ディベート部は、共に東北予選を突破し、全国大会『ディベート甲子園』への出場を果たしました。

 こちらのBlogへの書き込みが遅くなったのは、決して及第点とは言えないようなディベートしかできていなかった、という思いがあったからです。
 生徒達、特に中学生部員には、東北予選で負けてしまった学校さんのためにも良い議論ができるように、と都度、話をしてきました。

 しかしながら全国大会の結果は、予想通りと言いますか、中学生は今年も2戦2敗でした。

 高校側は、初日が1勝1敗、2日目、勝った方が決勝トーナメント進出、という中での敗戦でした。
 高校生はここまで、よく頑張っていたと思いますし、何人かの方々から「良い議論をしていましたよ」との声を頂戴できたのですが、詰めが甘かったことは否めません。特に、スピーチ練習が不足していたことは否めず、本番で思ったようなスピーチができなかったのは、私にすると「不安が現実に」という感じです。

 ということで、勝敗や議論がどうこう、ということではなく、我がディベート部は、そもそもディベートという競技に向き合う方向性自体を修正する必要がある、というのが結論です。
 この全国大会の経験が、彼らに取って貴重な学習の機会になっているのなら幸いです。

 確かに、負けることもまた勉強、だとは思いますが、最初から「その方向の延長上には、ジャッジが『その通り』だと受け止めて下さり、過半数の投票が得られない」ということに事前に気がつけないところに、経験のなさがあるとは思うのですが…それを中高生に「事前に分かって欲しい」という要求自体が、中高生に取っては高すぎる要求なのかもしれません・・・

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 今年も論題発表以降、様々な企画を立てて、東北支部全体のスキルアップに努めました。

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