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2009年11月1日 - 2009年11月7日の2件の記事

2009.11.01

主張が先か、資料が先か…実は!

 Clown君、コメントありがとう!
 先日は僕も貴重な経験ができました。
 まさに先に書いた「“楽しいディベート体験”をどうつくるのか」を実践してくれましたね。

 Clown君がこんな形で成長するとは、と驚きでした!
 歴代の先輩達もそうでしたが、高校を卒業すると、視野が広がるのでしょうね。より深い理解に基づいた発言や企画などから、成長が垣間見られるなぁ、と、先輩達の幾人から感じました。

 さて、興味深い発言がありましたので、是非整理させてもらいたいと思いました。

>選手たちが「主張あっての資料」でなく「資料あっての主張」となっており、逆だなと思ってしまいます。

 この段落の出だしは「ネットに頼りすぎてる」ということで、Web資料の使い方についてでした。
 「資料あっての主張」というのが、「文の書き方がいかにも合っているから、という点で表面しか見ていない」ということを意味しているのを理解し、確かに同様に問題だと思っていることを表明した上で敢えて。

 では逆に「先に主張があればいいか」とも言えず、むしろ困るケースがある、というのが、部員達を見ていての感想です。

 部員達はディベートの打ち合わせの場面でさえも、往々にして「~~となると思います。」と主張するのですが、聞いていて「それって何を根拠に、そう断言する?」ということが分からないのです。

 “先なる主張”が、「(単なる)思いつき」や「(個人的な)思い込み」では、ディベートの論証とは程遠い方向に議論が進みます

 もちろん、「こうなるのではないか?」という推測を、全て切り捨てる訳ではありません。

 ・・・分かりますか?

 「意見が先」でも、「資料が先」でもなくまずは《 事実が先 》だと思うのです。

 現状を知らずに主張だけが先にあっても、ディベート的には困るということは、Clown君なら当然分かってくれると思います。どうしても「(単なる)思いつき」や「(個人的な)思い込み」に陥りますから。

 ・・・ところがこのことを「そうですよねぇ」と言えるまでには、中高生にとっては結構時間がかかるようです(-_-;)
 誰もが自分の主張の不備を”主観的”には気づきにくいから、なのかも知れません。
 Clown君だって、最初からうまくできていた訳ではないですよね?

 それから、今の中1のように、「意見がない」(=経験も予備知識もないから、意見の出しようがない)場合には、やはり、

・本を読むなど、現状を把握する

・事実に基づいて、意見を構築する

・資料がある内容をベースに立論を作成する

⇒「資料あっての主張」となってしまう

のは仕方がないと思います。
 ですが、ここで留まってはダメなのです。
 それはClown君が言っているように

>バラバラの出典の資料を一つの立論に組み込んで一つの主張を通すのは、大変難しいですが、それができたときほど感動は大きい

と、ここまで持っていってあげる指導が必要です。

 ここで、指導者の力量が問われます
 中高生は、バラバラの出典の資料を一つの立論にまとめます。
 その、資料同士の関連性、主張の首尾一貫性を、誰がチェックするのか、ということです。

〔試合を用いる場合〕
 勝敗は相対的なものなので、相手が更にまずい立論だった場合、自らの議論に落ち度があっても勝ってしまいますので、問題に気づかず、むしろ「正しかったから勝てたんだ」と、勘違いしてしまいます。

〔指導者やOBOGが指導する場合〕
 指導者やOBOGも完璧ではありませんので、不備を指摘できない可能性があります。
 更には、指導者・OBOGと、本人との人間関係が問題となりまして、不備の指摘を理解して受け入れてくれるかどうかは、中高生が他人の話をどの程度受け入れる器量を持っているか、ということに関わります。

 ・・・結局として、現在のディベート界では、かなりの確率で、主張の不備がスルーされているのではないかと思っています。

 由々しき問題です!

 この問題の解決に向かわせるキーワードは「相互のクリティカルシンキング」です。
 まずは鵜呑みにせず、主張が事実に基づいているのか、というのを互いにチェックする姿勢を、ディベート界に関わる全ての人が大切にすることかと思います。

 ただ、僕は何度も主張している通り、クリティカルシンキングは「批判的思考」ではなく「検証的思考」だと思っていって、事実が正しいと確認できたら、ひとまずその主張もあり得ると受容する姿勢が、更に大切だと思っています。

#「何でも批判しよう」では、最後には根拠の伴わない批判に陥り、往々にして、批判する側が行き詰ると思うんです(^^ゞ
#また、受容する姿勢が小さい人がいても、全体的な事の円滑さを失わせるので、結構困るものだと、思っています(^^ゞ

 ・・・とにもかくにも、ディベート界は、まだまだ発展途上です。
 引き続きOBとして、まずは自己向上を、そして、後輩の指導も、よろしくお願いしますm(__)m

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用事があるなら部活を休んでもいい。が、しかし…

 30日(金)は、中1の彼に「昨日、学校の図書館から借りた本、読んだ?」と聞いてみます。
 「まだ読めてません」とのこと。

20091101014308 そこで、「それなら、(安易に路線変更をせず)まずは昨日借りた本を読むところから始めよう。折角本を読むなら、読んだ内容を上手に思い出せるように、付せんを貼りながら読むんだよ。肯定側に関係する内容なら“青信号の青”の付せん、否定側なら“赤信号の赤”どっちに関係するか分からないけど、大事そうな内容のところには、もう一色別な色の付せんを貼るんだよ」と、僕がこの作業をするときに使用している付せんを実際に見せて(中学生には「実際に見せる」ことが大切!)、「まずは付せんを買ってこよう。それから、学校から借りた本を読んでみてね。次に何をするのか指示をするから、31(土)の放課後に部活をしよう」と言いました。

 というのも、毎週金曜日の僕は高2の物理講習の日で、彼の相手ができないからなんです。
 「今日は部活動はなしね」と、たまに休んでくれ~みたいな感じで言いました。

 この時に、木曜日に本を借りたことは内緒にしておきました。
 自分で学校から借りた本を読んでない段階だというのに「こっちの本の方が論題に適しているよ」と助言するのは、不当に介入している形になると思ったからです。

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 すると土曜日の朝になって「用事が出来てしまい、今日部活に出られなくなりました」というメールが来ました。

 元々長く部活動をするつもりはなかったのですが、彼のクラスに行って、話をしました。

「学校の図書館から借りた本、読んだ?」
「…まだです。」

 ・・・民事法上の時効は、中1にとっては難易度も高そうだし(^^ゞ
   読むには至らないんだろうな、と判断。

「今日部活ができないのは構わないんだけど、週末の月曜日までに、本を読む時間はあるかな?」
「はい、あります。」

 ・・・をを、そうか。「ある」って言ったねcoldsweats01

「実は先日話をした本、借りてきているんだよ。こっちの方が重大事件の時効に関する本で、論題に直接関係しているし、中学生でも読みやすい本だと思うから、こっちから読んでごらん?」
「分かりました」と、彼はその本を手に取ります。

#ちなみに仙台市図書館へは、団体登録をしてあります(^^)v

「ただ先日、3色の付せんを貼りながら本を読みなさいって言ったよね。本を読む前に付せんを買いに行って欲しいんだけど、できるかな?」
「はい、分かりました」
「よし、じゃあ、『付せんを買う』ことと『付せんを貼りながら本を読む』ことを約束に、今日は帰っていいからねhappy01

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 他校の生徒は分かりませんが、本校の中学生を見るに、勉強やそのほか家庭のことなど、結構忙しい、というか、部活に打ち込める時間はそう多くはないのです。

 ディベートにどっぷり浸かっている先輩方には、この現場の中高生の動きや、中高生が抱えている物事の多さ(テスト対策など勉強を科せられている様子など)は理解できていないんじゃないかなぁ、とか思うんですがどうでしょうか?

 「ディベートをするなら、本を読むなど、準備に時間を割くのは当たり前」と思う方が多いでしょうが、まだそのことが当たり前ではない中高生に対して「準備に時間を割くのは当たり前なんだよ」と理解してもらうにはどうしたらいいか、ということを考えてみて下さい

 「勉強しなければ理解できるはずがない」といったことは、至極当たり前のことではあるのですが、僕は更に、高校生だったらそれくらい気付けよ、と思うのですが、どうも中学1~2年生にとっては、まだ当たり前じゃなさそうなんですよdespair。これが、発達段階と関係しているような気がしているんです。

 この当たり前のことにどうやったら気付いてもらえるのかと言うと、結局は「準備しないでディベートに臨んでもうまくいかない」という、失敗経験から学ぶしかないような気もします。
 この手の失敗は、やっぱり、中高生には結構深い心の傷となります。

 ですがもう一つ、ディベートを継続して体験してもらい続けるためには、「楽しくディベートができた!」という経験も大切です。
 準備の仕方が分かっていない中高生に「楽しいディベートの体験」をどう積んでもらうのか、ということが問われます

 この「楽しいディベートの体験」をどう企画するのか、というのは、後の機会に述べることにして、今回は、時間がなく、部活に参加できない彼に、顧問としてどう接するか、ということなんですが、…

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