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2006年12月31日 - 2007年1月6日の5件の記事

2007.01.06

「いじめをなくせ」と言う人は…

 昨年の後半、教育現場のいじめがクローズアップされました。
 教育現場に対する批判の声や心配・憂慮の声を、マスコミでよく見かけましたし、“いじめ対策”の本が多く出版されたり、売れているといった報道も聞きました。

 教育現場にいる当事者だからか、教員になって11年の経験があるからなのか…
 正直、違和感をもって聞いていたんです。
  「何騒いでいるの?」 とか
  「本買って、何するの?どんな行動を起こすの?」 といった感じで…。

 その、違和感を感じる理由を、最近見聞きした幾つかのことから、今日、少し分かった気がしたので、Blogに記事を書いています。

 まずですね、
  当面、いじめはなくなりません

 なぜなら今は、「戦争がなくならない」ような現状だからです。
 なぜなら今は、「どこにでも差別が生じている」ような現状だからです。

 仮に「戦争をなくすことができる」なら、
 仮に「全ての差別をなくすことができる」なら、
   私達“人間によって”、全てのいじめをなくすことができるでしょう。

 そもそも「いじめをなくせ」と声高らかに主張するあなたは、
  地球上から戦争がなくなると思っているのでしょうか?
  国家間の対立を解決するのに“武力も必要”と思ってませんかねぇ?
  そんな人は、身近な人とケンカした時に、どうやって人間関係を修復しようとするんでしょうかねぇ?“力で解決”とか言うんでしょうかね?

 同様に「いじめも、場合によっては、力で解決する」 とか言いそうですよね。
 更には「いじめられる側が悪い場合もある」とか言いそうですよね。

 「『いじめ』と『戦争や差別』は関係ないだろ!」とか言う人がいるでしょう。
 …そう言う人は実は、いじめの解決に関してセンスのない人、と思われます。
 身のまわりで深刻ないじめの問題が発生した時には、上記のようなことを口にする人には頼らない方がいいと思います(^^;

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 いじめの本を買う方。
 本を買わない段階では、あなたのまわりのいじめは解決できないのですね?
 それは少し残念ですよね。

 …と言っている僕も、教育現場に入る前の大学院生の頃は、よくわからなかったので、いじめに関する本を買って、勉強したのです(^^ゞ

 最終的に、97年発行、沼田裕之・増渕幸男著 『<問い>としての教育学』 を読んで、考え方が分かってきました。

p.230より引用開始
「なぜ社会問題に発展したかといえば、それはいじめが死の引き金になっているからと言える。土屋守の表現を借りれば、「死を招くいじめ」こそが、まずなくさなければならないいじめである。

 これは全くその通り!
 「死を招くいじめ」は速やかになくなって欲しい!

 しかし、逆に言うと「“死を招かない”程度のいじめ」が多くある、ということも認識する必要があります

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 「“死を招かない”程度のいじめ」というのは、教育現場にいれば、結構見ます。
 中には、僕から見て、生理的に許せないレベルのものもあります。もちろん指導の対象です。

 一方で、“明らかに軽微なもの”もあります。

 “明らかに軽微なもの”は、軽微過ぎて、「いじめ」と呼ぶことに違和感を覚えるくらいのものです。
 そういった事例はよく見ると、「いじめ」というよりは「人間関係のこじれ」です。

 「人間関係のこじれ」も、原因はすぐに分かっちゃいます。

 要するに「自分とは質の違う他者に違和感を覚えた時に、拒否反応を示す」ことが、多くの発端です。

 大人になれば、“そいつと関わらない”という行動を取ります。
 関わらないので、そもそも「いじめ」という人間関係すら生じません。

 ところが、中高生くらいですと、関わらないと“気が済まない”ようです。
 これがエスカレート…「質の違う他者を“徹底的に”嫌がらせて、否定し、排除する」ところまで至ると、「死を招くいじめ」になってしまいます

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 恐らく、発生してしまった「死を招くいじめ」の周辺には、下記のような人がいるのだと予想します。

  1. 歪んだ人間関係の形成を助長する人
  2. こじれた人間関係を修復できない人

 1.の代表格は、“超”自己中心的な人です。
 それは、クラスメイトかもしれませんし、残念ながら教員かもしれません。あるいは、更に外部の人かもしれません。
 結局ですね、こういう人は、他者にストレスを与えていることにも気づかず、自分は常に利益を得たり、気分が良かったりする人で、最悪なのは、他人にストレスを与えていても、権威・権力が強くて、ストレスを受けている側が何もできない「閉塞状態」に陥ってしまっている場合です。そういった環境にいる人の多くが、2.の人間関係を修復できない人、となってしまうので、問題が解決しません。ちまたでよく言う「見ているだけな人も加害者」という状態です。ですがよく考えて下さい。「閉塞状態」にある周りの人に「いじめの解決のために行動を」って言ったって無理ですって。そのような半分無責任な発言をする人には「じゃああんたは、いままでどのような行動をとってきたのか、言ってごらんよ」って言い返しましょう(-_-;)

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 結局ですね、1.の人がいるかぎり、問題はなくならないのです。

 1.の人は、ものすごく困った人だと、僕は常々思います。

 なぜなら、その人自身、「同じことを自分がされたら嫌だ」と思っているからです(^^;
 「自分は嫌」だけど「あいつにはする。だって僕は痛くない」

 ね、困りますよねえ!

 つまり、そういう人は黄金律に背く人」なのですよ。
 根本的にまずいのです。

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 黄金律とは下記のことです。
 自分の望まないこと、されて嫌なことは他人にはしない

 話を戻しましょう。

 「自分の国が武力で攻められて、親しい人が殺されるのは嫌。でも、他国には武力で攻め入ることは、賛成する。(仮に事情があれば、条件付きで賛成する。)」という人がいます。

 「自分は差別されたくない。でも実際には、偏見を持った行動をとっている」人がいます。

 「自分はいじめられたくない。でも、あいつはいじめられてもいいと思っている」人がいます。

 ・・・ね、どう解決します?

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 答えは「『2.こじれた人間関係を修復できない人』にならない」ということに尽きます。

 「閉塞状態」にまで至って思い悩んでいる方々に、僕ができるアドバイスは「自分の立場がまずくならないと確約できるような“信用できる人”を見つけて(←ここが難しいのだけれども…)、とにかく(当たり障りがない程度であっても)話をしてみる」ということくらいでしょうか。自分ができなければ誰かに「こじれた人間関係の修復」について頼る、ということです。

 でも本来の理想は、「こじれや歪みが『閉塞状態』に至る前に解決できる」ことなのです。
 こじれた人間関係を修復できる人が一人でもいれば、多くのいじめが少なくとも「死を招くいじめ」にならずに済みます。

 こじれた人間関係を修復できる人とは、対象となる相手を理解し、状況を判断して、適切なアドバイスが出来る人、かと思われます。
 これが教員であることが理想的なのですが、クラスメイトでも、保護者でも、完全な外部の方でも構いません。

 この中で一番大事なのは『相手を理解すること』です。
 相手を理解出来る人は、周りから見て「思いやりのある人」と見えると思います。
 そういう人は、日頃から、頼れる人だと思います。
 「閉塞状態」にある方はまず、そういった人を見つけて相談してみましょう。相談に来たあなたに対しても思いやりをもって接してくれるようであれば大丈夫だと思います。(完璧ではありませんが…)

 相手が理解出来て、その相手を尊重できれば、“質の違う相手”にも拒否反応を示すことなく、大人であれば「そっとしておく」ことができますので、そもそもいじめの行為が発生しません

 相手を理解出来て、その相手を尊重できれば、そこからは「差別」は生まれません。

 お互いの立場と利益を尊重できるようであれば、国家は武力を行使する必要がありません。

#それだけ、現状の国家は、それぞれの利益を優先し合う、更には奪い合う関係
#だと思われますので、“お互いを尊重する”こととは程遠いのかもしれません。
#「武力が不要になるわけがない」と言う人が多くいるのも仕方がないかと。

#国家には、自国の利益を守っては欲しいですが
#相手の国家の利益を損なわなければ守れないのであれば、
#その利益、国家にとって必要なのかどうかを、それぞれ考えた方がいいのかもしれませんよ。
#人間として…。

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 『ディベートでいじめがなくなった』という本があります。
  ・・・すいません。読んだことありませんm(_ _)m

 ディベートは万能ではありませんので、いじめのある学校でディベートを、という短絡的な主張をここでするつもりはありません。

 ただ、ディベートは、コミュニケーションの訓練ができるゲームでして、相手の主張を理解することが競技の基本です。

 ですから、本のタイトルで言っていることは、きっと間違いではないのです。

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 というより、いじめ解決の本質的な第一歩は『相互理解』です。
 私達一人一人が、『相互理解は大切だ』と思えることです。
 「思いやりは大切だ」という考えを、今一度尊重しましょうよ。

 やはり、コミュニケーション力は、どんな場面でも大切です。

 好き嫌いの激しい人は、『相互理解』のスキルを高めて、嫌いな人と“人間関係のこじれ”を起こさないようにして欲しいものです。

 相手に迷惑やストレスをかけても気がつかない“超”自己中心的な人は、それを自分がされて嫌なら、やっぱり、行動を改めるべきです。
 「自分さえ良ければ良い。自分は痛くない。他人の痛みは分からない」では、周りが、社会が、そして地球が混乱するだけです。

 ですから、少なくとも、自分がされて嫌なことは止めましょうよ

 「いじめをなくせ」と言う人は、
まずは身近な人間関係の歪みを自力で解決できるかどうかを考えてみて下さい。

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 このBlogで訴えても、大したインパクトはないのかもしれませんが、一度、記事にまとめておきます。

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2007.01.04

論題案「日本はホワイトカラー・イグゼンプション制度を推進すべきである」

 厚生労働相が検討している、時間外労働賃金の支払義務を免除する、アメリカでの制度です。

 僕の友人がmixi日記で書いていたり、うちの妻も関心示すくらいです。

 現在の政府が構造改革推進と言って、いろいろな制度が検討されていますが、きっちりとデメリットが発生しそうなので、ディベートにはもってこいかもしれませんね(^^;

#そんなことでいいのかよ>政府

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 この制度のメリットやデメリットについて簡単に、、『Debateフィードバック掲示板』の専用スレッドにまとめました。
 その他、メリットやデメリットに関する補足情報、更にはこの論題がディベートに向いているか否かなど、情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、どうぞ専用スレッドへの書き込みをお願いいたします。m(__)m

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追伸:1月4日の普通の日記

  • 今日から高3の物理の講習、再開。午前中から学校へ。
  • 担任としての仕事、ちゃんとする。
  • 組合会計としての仕事のためにろうきんへ。そこでちょっとミス(^^;ぁ~ぁ。
  • こちらから出していない人からの年賀状が多数届いてビックリ!
    用意した年賀状が底をつきそう。
    夫婦会わせて今年は240枚。来年は260枚は必要かも…。

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2007.01.03

音声データ「裁判員制度」~'06東北ディベート交流研集会

 昨年末に行なわれた『第4回東北ディベート交流研集会』で行なわれた練習試合の決勝戦を、ICレコーダーで記録したデータを加工し、公開する作業を、新年最初のディベート作業として行ないました(^^)/

 こちらです → http://www.debate.shadow.ne.jp/tdn/voice/saibanin/

 また、アフターディベートとして、幅広く講評や判定意見を寄せて頂くために、『ゼロからのディベート』中の『Debateフィードバック掲示板』に、音声データのアフターディベートを行なうスレッドを作成しました。また、今回アップしたデータ専用のスレッドも作成しました。

 今回、MP3形式のファイルのほかに、WMA形式で音声品質:19Kbpsのデータも併せて作成して公開しました。MP3の8分の1のサイズでダウンロードしやすいかと思いますが、間違いなく音質は低下しています。アクセスされる方はどんな感じでしょうか?ユーザーの感想を専用のスレッドで伺わせて頂けると幸いです

 今後はネット上に、様々に音声データが公開されていくだろうと…期待しているのですが、それらのディベートに関して、聞き手の感想を幅広く寄せて頂けると、ディベートの質的向上に間違いなく寄与すると思うのです。

 例えば、ディベート甲子園の地区予選にはまだ早いような段階のディベートの音声データなどは、互いにどんどんと公開するようにしてはどうでしょうか?

 音声データの加工方法は難しくないのですが、詳しく聞きたいという方がいるようでしたら、後程まとめてWeb上に公開しますので、御用命下さい。

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2007.01.01

元旦に目標を立てる!

 2007年を迎えました。
 今年も宜しくお願いたします。>ALL

 昨年は「ディベートの普及に努める」という目標を掲げて過ごした1年でした。
 念頭に目標を掲げて1年を力強く生活する、ということは、エネルギーに繋がるなぁ、と思いましたので、2007年にも新しい目標を掲げます

1.毎日祈る

 祈る内容はナイショです。
 長い期間、同じ内容の祈りをしようと思うのは、高2の10月~高3の終わりまで「御心に叶うものがありましたら、北大に合格させて下さい」という祈りを続けた時以来です。
 早速今日から始めます。

2.ディベートの目標:ディベート甲子園の決勝進出

 昨年は会津高校が全国優勝しました。
 中学では藤田先生の会津若松ニ中と樫村先生の湯本一中が、そして能代高校も実現させています。

 「今度は自分の学校を率いて決勝の舞台へ」 …他の方々も言われます。
 現在の部員が高校に在籍している今年と来年のいずれかで、上記目標を達成させたいと思います。
 そのために今年は、自校のスキル向上のために、時間を費やしたいと思います。

 「全国優勝」という目標にはしませんでした。
 いずれにせよ、当然、相当困難な目標です。
 2年取り組んでみて、決勝進出という目標が達成できたなら…いや実力及ばず達成できなかったとしても、その時改めて、目標を考えます。

3.ディベート普及に関して…

 昨年は「ディベートの普及に寄与する」という年度目標の実現のため、「ディベートの普及のための機会を与えて頂けるのであれば是非呼んで下さい」と、いろいろな方々にお願いしたりしていたのですが、もう言いません。時間は自校のために使います。

 ただ、呼ばれたら、行きます。(こんな私で良ければ…)

 特に昨年、宮城野高校のディベート授業を外部から支援させて頂いたように、1本の勇気ある電話に誠実に答えることこそ、たとえその歩みが遅くとも、着実にディベートの普及に繋がると思いました。
 ディベートに関して、困ったことなどがございましたら、本校へ直接電話を頂いたり、メールなどで連絡を戴ければ、誠実に対応させて頂きたいと思います。

 なお、昨年まで実施してきた東北ディベートネットワーク主催の「交流大会」と「交流研集会」は実施に向けて取り組みますし、本当はあと1~2つ、新しいことをしたいのですが、これは他の方々との相談の上でm(__)m

4.その他のことは…

 その他のことは、何とも言えないのです(^^;
 特に、「一難去ってまた一難」だった学校は、年度が終わっていません。仕事も残っています
 このことは「自分が自由に使える時間はさほどない」ということなのです。

 残された仕事を誠実にこなし、ただただ、昨年のような失敗を避けるように心がけ、質も効率も高めるように、常に考える、としか言いようがありません。

 「ベガルタも昇格して欲しいなあ…」と昨年の正月にもBlogに書きましたが、平日、そして土曜日に授業があるなど、確実にアウェイに行きにくくなっています
 ですから、応援に行ける試合を大切に、全力で弾けるサポートをする、というのがせいぜい僕の出来ることです。

 また、比較的内向き(自校中心)に取り組むと宣言したディベートに関しても、可能なら他地区の方々との交流、特にOBOG会の充実のためには取り組みたいという思いはあります。
 それは、学校のスケジュールと、ディベートの行事日程、ベガルタの試合日程(^^;(アウェイついでとか…)等が明らかになる2月以降でなければ、目処が立たないのです。この3つの調整がつく範囲では努力したいです。

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 この書き込みをして、新年の始動です。
 まずは、年賀状の作成から(とうとう年を越してしまいました(爆))

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2006.12.31

2006年の私とディベート

 2006年のうちに書かねばなるまい。

 今年は、ディベートの普及に取り組むことを目標に1年間努力してきました。

 昨日書いた通り、思ったように時間を使えずに、不十分・不完全燃焼な1年でもあります。

 ですが、個人的には、確かな前進を感じているのです。

1.宮城野高校のディベート授業の外部支援に成功しました。

 他校のディベート授業についてアイディアを出し、助言をすることで、その授業を成立させることができたことは上出来です。
 しかも、報告させて頂いたように、授業において生徒達は、ディベートの本質的に大切な点を学んでおりました。それは、授業を担当される先生方にディベートにおいて大切なことを誤解のないように伝えスモールステップで授業を進めてもらうようアドバイスをすることに成功したからかと思っております。

 何せ、昨年は、中学校の授業でディベートを取り上げて頂けなかった、という痛い失敗をしてしまったことが、今年の目標の出発点ですので、そこからすると大きな進歩です。

2.ディベートについて更に理解を深めました。

 『●○(くろしろ)』という、図解によってディベートの構造を把握する方法を考えることができました。それによって、試合のときなど、ディベートの理解が進みました。同時に、これを応用した指導方法の考案などにも繋がりました。
 昨年、東海支部の佐藤要さんから「カードチェック」を学んで以来、今までディベートに対して悩んでいたこと、疑問に思っていたことが、幾つも解消しました。

3.同じ東北地区でディベートに取り組んだ、会津高校の優勝に立ち会い、見届けることができました。
 その末に、会場の観客をも納得させられるようなディベートという、崇高な目標が、今年の会津高校から与えられました。
 つまり、『勝てるディベート』の“最高レベルの模範”を得ることが出来たのです
 来年から、 “ジャッジが複数人いたら、その複数人を納得させるディベート”を目指します

 ↑この考えの根底には、『トールミンモデル』の理解が大事であることも知りました。『トールミンモデル』を応用させることは、東京に出向いて西部先生の講座を受けたことと、西部先生の『「議論力」が身につく技術』を読んだことに、大きな示唆を得ております。
 『トールミンモデル』に従えば、Warrantの部分の違いによって、同じものを見ても、全く異なった結論が出される場合があります。
 つまり“同じディベートを見ても、Warrantの部分(=ジャッジが強く印象強く認識する部分)の違いによって、肯定に投票するジャッジも、否定に投票するジャッジも、両方いてもおかしくない”のです。
 その、どちらに投票してもおかしくないジャッジに、確実に自分のほうに投票してもらえるようなスピーチとチーム戦略を、“プレパ”(準備)の段階で構築できるような部活を目指します

 幸い、来年、再来年と、共に熱くディベートに取り組めそうな部員が与えられています
 本校OBも、ディベートの本質を掴んでくれております。

 今年は本当に「一難去ってまた一難」でしたが、小難しい感情は何とか2006年に置き去りにし、新しい気持ちで2007年を迎えたいと思っております。

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 只今NHKの紅白を見ておりますが、教会の終わった午後は、『功名が辻』の総集編を見ておりました。いやあ、良いドラマだったんですね。思わず、公式HPを読みふけってしまいました。

 お風呂に入りました。はい、汚れは少しでも流しておきたいのです。

 食洗機をかけました。少しは汚れを落としたでしょうか。

 ・・・まだ年賀状、作成しておりません

 ・・・物理の予習もしていません

 ・・・やり残していることも多いのですが、このまま、2007年へ突入します!

 皆さん、良いお年を(^^)/

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