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2007.01.17

まわり道の意義を覚える

 いよいよ次の土日がセンター試験。
 高3担当の私。科目は物理です。

 で、授業ではセンター対策をするものの、放課後の講習は2次対策なのです。
 物理IIの電磁誘導。
 電磁誘導の範囲は、定性的な問題であればセンターに出るかもしれないものの、定量的な計算問題はセンターに出ません。
 それでも「記述が解ける力を付けてセンターに臨め。すると『センター試験は簡単だ』と思えるのだ」と訴えながら、わざと実施しています。

 物理の実力があっても、間近に迫っているセンター試験の結果が重要なため、平行して行なわれたセンター物理対策の方に出席している生徒もいます。
 ということで、僕の講習の側へ出席してくれたのは11名。

 簡単な問題を素早く解いて帰る生徒もいますが、僕の講習に“敢えて参加”する生徒達はみんな意欲があるので、難易度の高い問題にチャレンジします。
 今日の難易度(高)の問題は北大の過去問('02年前期[2])。

 本校で成績が極めて優秀な生徒数名が、悩みながらも解いて正解して帰るのですが、何か違和感がある問題だと感じたようです。
 「結局元に戻った、ということですよね。途中の問いが、他の部分と関連がないのは、“めんどくさい”タイプの問題ですね」とある生徒が言いました。

 ディベート部の前部長のW君も、悩みに悩みながらも、解けます。
 彼はこう言いました。
 「なんか、すごく遠回りな問題ですよね。最後の問いは、問1の次にあっても解ける。だったら問1の次の設問にしてくれよ。北大さん。」

 ところが、彼らよりも更に悩んで、時間がかかって解いた、双子のS君兄弟が、その最後の問いのところで言いました。
 「これは、磁界中を動く導線が、電池と同じはたらきをする、ということですね。」

 その通りだ!
 この問題は、導線と電池という、見た目も全く違うものが、起電力を生じさせるという、共通の結果を生みだしていることについて考察する問題だ。起電力の値が同じなら、電流の値は同じになる、という当り前の結果を「ほら、当り前だろ」と敢えて問う問題だ。
 先に帰ったW君達は、この問題に違和感を覚えていたでしょうが、S兄弟と私は「さすが北大の出題者だ」と納得して帰りました。

 そこで気が付いたのです。
 この問題は、回答者にわざと遠回りをさせて、近道を通るのと同じ結果になることを示しながら、近道と遠回りの道が同じ結果になる根拠の部分にある、物理的な本質を捉えさせる問題なのです。

 しかもS君は、大切なことを言いました。
 「先生、悩んだからこの本質に気付けたんです。」

 そうか!
 悩んだから学べたのか!

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 前回、“遥かなるまわり道”にハマっている、本校ディベート部員のことを憂慮するコメントをかきました。
 それに対して、早大学院の須田君が、コメントをくれました。

>スランプに陥ったら、一度振り返ってみるのが一番かもしれませんね。
>忘れていた何かを思い出せた気がしました。
>
>回り道って必要だと思います。
>回り道は大変かもしれません。
>でも、回り道で忘れていた何かを思い出せるかもしれません。
>
>歩いた道のりが長ければ長いほど、人は強くなれるのではないでしょうか?まっすぐ進
>んできた人より、回り道をした人のほうが強くなれるのではないでしょうか。
>
>僕はそれを信じて頑張りたいと思います。
>先生も焦らず頑張ってください。

 非常に勇気が湧きます!
 須田君、ありがとう。

 そして須田君、そして皆さん、実は、遠まわりには意義があるのです。

 近道と遠まわりとが、同じ結果に至るとき、そこには、非常に大切な本質が隠れているのです。

 ディベートで、うちの部員を勝たせることができない。
 今の私は、そういう“遥かなるまわり道”を歩いている最中です。
 あまり口にしたことはありませんが、何年も悩んでいました。

 悩んでいるからこそ、ディベートについて深く考え続けてきたのかもしれません。

 ここにきて、ディベートについて理解が深まったという気もしています。

 そして、未だ“遥かなるまわり道”を歩んでいる最中ですが、このまま悩みつつ前進することによって、ディベートの本質に到達できるような気が、今日、しました。

 物事の本質は、そう簡単に理解できない。
 ですが「近道」と「遠まわり」という少し違うけど一緒なものを比較したときにようやく、そこに存在する本質に、人は気付くものだということを、悟ったような気がします。

… … …

 まわり道を歩むことは辛いですよね。
 いつ、近道を歩んだときと同じゴールにたどり着けるか、分かりませんよね。
 同じゴールに到達できるという保障もないですよね。
 不安ですよね。

 でも、悩みながら、まわり道を通るという経験がなければ、得るものがないのかもしれません。

 指導者がいたら有り難いですよね。
 まわり道で迷っている私達を、望ましい方向に導いてくれます。
 近道を通って、少ない苦しみで望ましいゴールに到達したいです。

 ディベートの指導者としての私を指導してくれる人がいたら有り難いのですが、簡単に答えを得られるようでも、本質を掴み損ねるかもしれませんね。

 指導者がいなくても、ディベート関係者との仲を保ち、情報交換を保つことができれば、ある日、何かの拍子で、本質を深く理解できるのかもしれません。

 それに付随して、試合で勝てるようであれば、幸いですね。

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 今日は、生徒から学んだ日でした。結構感動です。
 今日は皆さんに、センター試験の前に、2次試験対策という、レベルの高い問題で負荷をかけました。
 まわり道に思うかもしれませんよね。

 でもそれによって、物理の本質に気づいた時に、生徒達の中に揺るぎない物理的な学力が残るのだろう、と思います。

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 といった記事をBlogに書こうと、まわり道について、うちの妻に語ったところ、以下の返事。

 「まわり道も過ぎてしまえばあっという間だよね」

 ・・・・・過ぎてしまえば、ね。

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コメント

あら、なんだか「うちの妻」さんのコメント 能天気みたいじゃなーい?そこだけ切り抜いちゃ、まるで女性週刊誌のコメントの様です。
おかわいそうに・・・?!!
“遥かなるまわり道”…大ファンのカンさん 約5年ぶりニューアルバムに、カナーリ励まされましたね?しか~し。カンさんも「早く(仕事)おわらせてワイン飲みたいだけさぁ~」と唄います。(;^^)

投稿: き~りすと | 2007.01.19 08:37

私自身、大学入試で1度、そして大学院に進んでからも遠回りしてしまいましたが、NAKO-Pさんのお考えももっともですし、奥様の一言もその通りだと思います。

というのも、特に大学院に進んだ時の話をしますと、私は進学後学業面以外のある事情で自主留年することにしましたが(と言っても大した理由ではないので詳細は私のブログを一通り眺めて頂ければ)、その分本当の意味で何を研究として、そして社会に出てからやりたいのかを考えながら、1年過ごしていました。
そして今、自分の出した学会の予稿集など昨年の資料を読み返すと、留年した分だけ自分の研究が充実したんだ、っていう部分で、回り道して(研究などの)本質が見えた部分があります。

もちろん、そこまで決断するのに随分時間をかけたのですが、そこから先現在に至るまでは、本当にあっという間ですよ。
やっぱり、「走るまで」を随分悩んだ割に、走り出すと時間があっという間に過ぎていくものなのではないか、と言う点では奥様の言葉も一理ありますね。

投稿: N.M.OHYAMA | 2007.01.20 19:35

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