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2007.01.06

「いじめをなくせ」と言う人は…

 昨年の後半、教育現場のいじめがクローズアップされました。
 教育現場に対する批判の声や心配・憂慮の声を、マスコミでよく見かけましたし、“いじめ対策”の本が多く出版されたり、売れているといった報道も聞きました。

 教育現場にいる当事者だからか、教員になって11年の経験があるからなのか…
 正直、違和感をもって聞いていたんです。
  「何騒いでいるの?」 とか
  「本買って、何するの?どんな行動を起こすの?」 といった感じで…。

 その、違和感を感じる理由を、最近見聞きした幾つかのことから、今日、少し分かった気がしたので、Blogに記事を書いています。

 まずですね、
  当面、いじめはなくなりません

 なぜなら今は、「戦争がなくならない」ような現状だからです。
 なぜなら今は、「どこにでも差別が生じている」ような現状だからです。

 仮に「戦争をなくすことができる」なら、
 仮に「全ての差別をなくすことができる」なら、
   私達“人間によって”、全てのいじめをなくすことができるでしょう。

 そもそも「いじめをなくせ」と声高らかに主張するあなたは、
  地球上から戦争がなくなると思っているのでしょうか?
  国家間の対立を解決するのに“武力も必要”と思ってませんかねぇ?
  そんな人は、身近な人とケンカした時に、どうやって人間関係を修復しようとするんでしょうかねぇ?“力で解決”とか言うんでしょうかね?

 同様に「いじめも、場合によっては、力で解決する」 とか言いそうですよね。
 更には「いじめられる側が悪い場合もある」とか言いそうですよね。

 「『いじめ』と『戦争や差別』は関係ないだろ!」とか言う人がいるでしょう。
 …そう言う人は実は、いじめの解決に関してセンスのない人、と思われます。
 身のまわりで深刻ないじめの問題が発生した時には、上記のようなことを口にする人には頼らない方がいいと思います(^^;

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 いじめの本を買う方。
 本を買わない段階では、あなたのまわりのいじめは解決できないのですね?
 それは少し残念ですよね。

 …と言っている僕も、教育現場に入る前の大学院生の頃は、よくわからなかったので、いじめに関する本を買って、勉強したのです(^^ゞ

 最終的に、97年発行、沼田裕之・増渕幸男著 『<問い>としての教育学』 を読んで、考え方が分かってきました。

p.230より引用開始
「なぜ社会問題に発展したかといえば、それはいじめが死の引き金になっているからと言える。土屋守の表現を借りれば、「死を招くいじめ」こそが、まずなくさなければならないいじめである。

 これは全くその通り!
 「死を招くいじめ」は速やかになくなって欲しい!

 しかし、逆に言うと「“死を招かない”程度のいじめ」が多くある、ということも認識する必要があります

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 「“死を招かない”程度のいじめ」というのは、教育現場にいれば、結構見ます。
 中には、僕から見て、生理的に許せないレベルのものもあります。もちろん指導の対象です。

 一方で、“明らかに軽微なもの”もあります。

 “明らかに軽微なもの”は、軽微過ぎて、「いじめ」と呼ぶことに違和感を覚えるくらいのものです。
 そういった事例はよく見ると、「いじめ」というよりは「人間関係のこじれ」です。

 「人間関係のこじれ」も、原因はすぐに分かっちゃいます。

 要するに「自分とは質の違う他者に違和感を覚えた時に、拒否反応を示す」ことが、多くの発端です。

 大人になれば、“そいつと関わらない”という行動を取ります。
 関わらないので、そもそも「いじめ」という人間関係すら生じません。

 ところが、中高生くらいですと、関わらないと“気が済まない”ようです。
 これがエスカレート…「質の違う他者を“徹底的に”嫌がらせて、否定し、排除する」ところまで至ると、「死を招くいじめ」になってしまいます

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 恐らく、発生してしまった「死を招くいじめ」の周辺には、下記のような人がいるのだと予想します。

  1. 歪んだ人間関係の形成を助長する人
  2. こじれた人間関係を修復できない人

 1.の代表格は、“超”自己中心的な人です。
 それは、クラスメイトかもしれませんし、残念ながら教員かもしれません。あるいは、更に外部の人かもしれません。
 結局ですね、こういう人は、他者にストレスを与えていることにも気づかず、自分は常に利益を得たり、気分が良かったりする人で、最悪なのは、他人にストレスを与えていても、権威・権力が強くて、ストレスを受けている側が何もできない「閉塞状態」に陥ってしまっている場合です。そういった環境にいる人の多くが、2.の人間関係を修復できない人、となってしまうので、問題が解決しません。ちまたでよく言う「見ているだけな人も加害者」という状態です。ですがよく考えて下さい。「閉塞状態」にある周りの人に「いじめの解決のために行動を」って言ったって無理ですって。そのような半分無責任な発言をする人には「じゃああんたは、いままでどのような行動をとってきたのか、言ってごらんよ」って言い返しましょう(-_-;)

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 結局ですね、1.の人がいるかぎり、問題はなくならないのです。

 1.の人は、ものすごく困った人だと、僕は常々思います。

 なぜなら、その人自身、「同じことを自分がされたら嫌だ」と思っているからです(^^;
 「自分は嫌」だけど「あいつにはする。だって僕は痛くない」

 ね、困りますよねえ!

 つまり、そういう人は黄金律に背く人」なのですよ。
 根本的にまずいのです。

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 黄金律とは下記のことです。
 自分の望まないこと、されて嫌なことは他人にはしない

 話を戻しましょう。

 「自分の国が武力で攻められて、親しい人が殺されるのは嫌。でも、他国には武力で攻め入ることは、賛成する。(仮に事情があれば、条件付きで賛成する。)」という人がいます。

 「自分は差別されたくない。でも実際には、偏見を持った行動をとっている」人がいます。

 「自分はいじめられたくない。でも、あいつはいじめられてもいいと思っている」人がいます。

 ・・・ね、どう解決します?

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 答えは「『2.こじれた人間関係を修復できない人』にならない」ということに尽きます。

 「閉塞状態」にまで至って思い悩んでいる方々に、僕ができるアドバイスは「自分の立場がまずくならないと確約できるような“信用できる人”を見つけて(←ここが難しいのだけれども…)、とにかく(当たり障りがない程度であっても)話をしてみる」ということくらいでしょうか。自分ができなければ誰かに「こじれた人間関係の修復」について頼る、ということです。

 でも本来の理想は、「こじれや歪みが『閉塞状態』に至る前に解決できる」ことなのです。
 こじれた人間関係を修復できる人が一人でもいれば、多くのいじめが少なくとも「死を招くいじめ」にならずに済みます。

 こじれた人間関係を修復できる人とは、対象となる相手を理解し、状況を判断して、適切なアドバイスが出来る人、かと思われます。
 これが教員であることが理想的なのですが、クラスメイトでも、保護者でも、完全な外部の方でも構いません。

 この中で一番大事なのは『相手を理解すること』です。
 相手を理解出来る人は、周りから見て「思いやりのある人」と見えると思います。
 そういう人は、日頃から、頼れる人だと思います。
 「閉塞状態」にある方はまず、そういった人を見つけて相談してみましょう。相談に来たあなたに対しても思いやりをもって接してくれるようであれば大丈夫だと思います。(完璧ではありませんが…)

 相手が理解出来て、その相手を尊重できれば、“質の違う相手”にも拒否反応を示すことなく、大人であれば「そっとしておく」ことができますので、そもそもいじめの行為が発生しません

 相手を理解出来て、その相手を尊重できれば、そこからは「差別」は生まれません。

 お互いの立場と利益を尊重できるようであれば、国家は武力を行使する必要がありません。

#それだけ、現状の国家は、それぞれの利益を優先し合う、更には奪い合う関係
#だと思われますので、“お互いを尊重する”こととは程遠いのかもしれません。
#「武力が不要になるわけがない」と言う人が多くいるのも仕方がないかと。

#国家には、自国の利益を守っては欲しいですが
#相手の国家の利益を損なわなければ守れないのであれば、
#その利益、国家にとって必要なのかどうかを、それぞれ考えた方がいいのかもしれませんよ。
#人間として…。

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 『ディベートでいじめがなくなった』という本があります。
  ・・・すいません。読んだことありませんm(_ _)m

 ディベートは万能ではありませんので、いじめのある学校でディベートを、という短絡的な主張をここでするつもりはありません。

 ただ、ディベートは、コミュニケーションの訓練ができるゲームでして、相手の主張を理解することが競技の基本です。

 ですから、本のタイトルで言っていることは、きっと間違いではないのです。

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 というより、いじめ解決の本質的な第一歩は『相互理解』です。
 私達一人一人が、『相互理解は大切だ』と思えることです。
 「思いやりは大切だ」という考えを、今一度尊重しましょうよ。

 やはり、コミュニケーション力は、どんな場面でも大切です。

 好き嫌いの激しい人は、『相互理解』のスキルを高めて、嫌いな人と“人間関係のこじれ”を起こさないようにして欲しいものです。

 相手に迷惑やストレスをかけても気がつかない“超”自己中心的な人は、それを自分がされて嫌なら、やっぱり、行動を改めるべきです。
 「自分さえ良ければ良い。自分は痛くない。他人の痛みは分からない」では、周りが、社会が、そして地球が混乱するだけです。

 ですから、少なくとも、自分がされて嫌なことは止めましょうよ

 「いじめをなくせ」と言う人は、
まずは身近な人間関係の歪みを自力で解決できるかどうかを考えてみて下さい。

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 このBlogで訴えても、大したインパクトはないのかもしれませんが、一度、記事にまとめておきます。

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コメント

あけましておめでとうございます。
そしてご無沙汰しております。
とても感銘を受けました。そして考えが整理されていく気がしました。
「なるほどー。」という感じです。

投稿: しむら@CoDA | 2007.01.07 01:46

>大人になれば、“そいつと関わらない”という行動を取ります。
>関わらないので、そもそも「いじめ」という人間関係すら生じません。

まったくその通りですね。もっといえば、警察に連絡するなり、裁判沙汰にするなり、色々な方法がありますし。大人には色々な喧嘩のやり方がありますから。

やっぱり、世界が狭いからなのでしょうか。正直、いじめられる中高生は、自己防衛できない気がします。手段が少ないし。

死んじゃうぐらいだったら、学校やめて、コンビニでバイトすればいいのに、なんて思ってしまうのは、浅はかなのですかねぇ。

投稿: 赤目白猫 | 2007.01.07 01:58

非現実的な二反ぽいコメントをさせていただきます。

結局、重篤な結果をもたらすイジメの原因となる
・歪んだ人間関係の形成を助長する
・こじれた人間関係を修復できない
という性格を持つ人間にならないように教育現場で教育できればいいのではないかと思います。

ところで、戦争とイジメ双方が発生することの本質で一致する点があるとするならば、
戦争がなくならない→イジメもなくせない
から
戦争がなくなる→イジメがなくなる
と導けます。
従ってイジメをなくすことが出来るならば戦争もなくなるとのことでしょう。
それだったら日本がイジメが存在しないような教育システムを作り上げ、そして世界のモデルになれば世界中のイジメがなくなり戦争もなくなるのではないでしょうか。


投稿: you | 2007.01.07 02:19

おめでとうございます。
新年のおめでとうと、宮城野高校のディベートサポートの二つにおめでとうございます。池田です。

とくに宮城野高校のサポートは凄いですねえ。
「サポートのために肝要なこと」というタイトルで、トライアングルにまとめて頂けませんか。また、仕事を増やすかなf(^^;。

             ◆

さて、ちょっと話題は変わりますが、教えて頂きたいことがあります。私、中学生に教える時に、「自分の望まないこと、されて嫌なことは他人にはしない」と教えていた時期もあったのですが、最後の5年ぐらいは、この方針を撤回しました。

というのは、「自分が望まないことであっても、相手が望むことがある」ということがあると思うようになったからです。例えば簡単な例で言えば、
「私はカレーライスが嫌いだから、私の子どもにもカレーライスを食べさせるのは止めよう」
という母親は、
(あほか?)
と思われるのではないでしょうか。
(んなもん、母親が嫌いだって子どもがカレーライス好きなことだってあるだろう)
と。

基本的には、「自分の望まないこと、されて嫌なことは他人にはしない」から始まるのだと思いますが、その次に「自分が望まないことであっても、相手が望むことがある」という考え方に至るというのが良いのではないかと思うのですが。

もちろん、相手に聞いて
「私、それ嫌い」
と言われればやらないという前提の下でですが。

コミュニケーションを間に挟んで、相手の考えや価値を確認をして判断をするというのが大事ではないかと思うのですが。

こういう場合はどう解釈するのでしょうか?
時間のある時に、よろしくお願いいたします。

投稿: 池田修 | 2007.01.11 09:30

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