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2005年5月15日 - 2005年5月21日の2件の記事

2005.05.20

応援を還元する

 疲れから一度、食後に寝てしまったのですが、手乗り文鳥を寝かせた後、逆に眠れなくなってしまって、blog書いています。
 ちょっと興奮状態なのは、今日の午後、試験後の教職員サッカー紅白戦の応援をしたからなんです。

 運動会で肉離れを起こしてしまい、整骨院で電気マッサージ等治療を受けています。もちろん試合には参加できませんでした(^^;
 新しいサッカーグラウンド(人工芝)でのサッカーは、去年のスポーツ大会(←今年3月に卒業した高3)で体験済みではあるのですが、やはり、こんな時にスポーツで汗を流し、教員同士の交流を図ることはいいことかなと。参加できなかったのは残念でした。(ちなみに僕のサッカーは超シロウトレベルです)

 で、サッカー好きの私が、ケガを理由に物理地学教員室で採点を続けているのも、ほかの先生方に申し訳ないと思って、生徒会指導部長の許可を得て、応援団用のタイコを持ち出し、ハーフラインのところで私と、たまたま残っていた(あわよくば先生方と一緒にサッカーをしたかったのだが、今回は教職員のみということで残念ながら不参加の)生徒会の応援団と一緒に応援しました。

 最初は、場違い?やりすぎ?な感じかな?教職員同士の紅白戦にタイコまで使って応援する必要はないかな?という雰囲気でしたが、ここはベガルタでの応援経験を教職員の方々に還元するところだと思って応援を続けました。

 そのうち、やっぱりいいプレーには個人名の応援で称える、というスタイルで、ベガルタ等の応援をパクったり、学院サッカー部の応援を使ったりして応援していると、ピッチの先生方、事務の方々も手をあげて応じてくれるようになりました。

 「応援のツボが違う。攻撃だけではなくて、守備でのいいプレーでも応援してくれて嬉しかった」と事務の方が言ってくれました。チームに貢献するプレーにはコールを出す、というのに慣れていますからねえ(^^)v

 ということで、最初は応援に照れていた方々にも、喜んでもらえました。

 私も経験があるのですが、スポーツをしていて疲れている時に応援されると、動かなくなった足が一歩出るようになるのですよ。それがスポーツではものすごく大事です。経験のある人も多いでしょう。

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 あの応援はカッコ良かったかな?もっとこうした応援を繰り出せば良かったかな?といったことを考えたら目が冴えちゃいました。基本的に気が弱いんです(^^;>自分

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2005.05.19

外来のものを自分達のものとして…

 皆さんに満足に応答できないような毎日でした。何といっても中間試験があって、テストをつくるのに精力のほとんどを費やしていたからでしょうか。そのほかに、すべき仕事が一つ出てきて、月曜日の夕方にようやく完了。今日が中間試験の2日目。これからは採点に精力を注ぐ必要があります。明日で試験が終わるので、次は部活(ディベート)の準備やら何やらのウエイトが大きくなります。
 学校の机周辺は僅かに片づいていますが、提出させたプリント用ファイルが段ボールに入って置いてあり、自宅の机周辺は自分のスペースだけが空いているような状態で・・・(^^; 仕事も周りも少しずつ片づけて、心身ともに落ち着きたいと願っています。

 皆さん宛のコメントも、後程作成したいと思っています。

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 そんな状態ですが昨日、「政治を考える女性の会 2005特別講演会」を聞いてきました。
 妻のお友達からの案内でしたので、「仕事で忙しいけど聞いておいた方がいいのかなあ」と思っていたところ、突然出かける用事が出来(生徒が部活でケガ→病院。大事には至らず)、夕方出かけ、その足で講演に行きました。

 聞いて良かったです。勉強になりました。

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 もらった資料より

  • 憲法とは、国民が公の権力を制限し、国民の権利を保全することが近代憲法の大前提
    =>国民の義務や責務を明記することは、上記と正反対。憲法の役割の無視
  • 交戦権を認める先に見えるのは、軍事を最優先する価値観の再登場。戦争は勝つことを目指すので、人権は戦勝という国家の目的に奉仕させられる
  • 愛国心の押し付けは、「人民の良心への干渉」
  • どうやら、政教分離の緩和も計画されているらしい => あの政党に配慮?

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 私は質疑応答の時間に到着しました。
 その中で一番印象に残ったこと。

「『現在の憲法はアメリカがつくったもので、それにより日本は弱体化した。日本独自の憲法が必要だ』というが、外来のものを自分達のものとして定着するかどうかということは、別な論点である。仏教も外来のものであるが、日本に定着して、日本の文化を形成している。キリスト教も西洋のもの、というが、本当は中東のものだ。だから初期のキリスト教はローマ帝国に酷く迫害された。
外来のものとは摩擦がある。それを乗り越えて、真に必要なものが定着する。

 なるほどねえ。

 よく考えると、憲法を元にした国づくりなんて、江戸時代より昔の日本にはなかったんですよ。

 今の憲法の中で真に必要なものを、自分達のものとして育めばいいんですね。

 外来のものに対しては、アレルギー的な反感等があって当り前なんでしょうねえ。

 そうか、キリスト教も外来のものかぁ。
 ディベートもかぁ。

 必要なものが育まれて残ればいいんだ。

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 ということで、現憲法で明示されいてる、国権の発動たる戦争の放棄、軍を保持しないこと、国の交戦権を認めないことに、僕は賛成。

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