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2005.09.21

「勝ちたいなら責任と自覚をもってまじめにやれ」

 ディベート甲子園でいつも上位進出を果たすふじ先生が、今年のディベートの実践に付いてまとめられています。その中で、「生徒の自立が早かった。やらされている練習から,自分たちで考える取り組みが多かった」とありました。

 羨ましい!

 何せうちの部員は、この私でさえもぶち切れるくらいに、高校生とは思えないほどの全く責任感のないメンバーでしたから(T_T)

 そこで、ふじ先生の掲示板に「どうしたら自立してもらえるのか」と尋ねたところ、「試合に勝ちたいと思う気持ちを育むこと」というお返事でした。

 更に感動しました!

 ディベートは議論に勝敗の判定を下します。
 そのため度々、勝利至上主義を危惧されました。実はこの私が、第1回のディベート甲子園を紹介したテレビ番組を見て、「このままでは勝利至上主義によって議論のあり方がねじ曲げられる危険性があるなぁ」と思っていました。そのような私の意見に「ディベートに取り組んでいないくせに!」とか「ステージに立ってスピーチすることがいかに難しいか、分からないだろう!」という批判をした人もいました。ですが実際には、私が危惧した通り「勝てればなんでもあり」というダークなディベートが横行しかけたこともあったという認識でいます

 現在では全国的に見ても、「より良いディベートとは何か」が追求されて、落ち着いているとは思います。ディベーター、ジャッジ、指導者のそれぞれによって、ディベートの教育的効果が良い方向に発揮させられているものと思っています。(これについては、直接口頭で、何人かの方々にはお伝えしています)

 一方で、ふじ先生の指導(回答)は、勝利至上主義に向かうものではないと理解しております。
 では、試合に勝ちたいと思う気持ちを育むために、教員は何といえばいいのか。

 私の考える答えは下記の通りです。

勝ちたいならまじめに準備しろ!

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 これは、多岐に渡ってかなり示唆に富む結論を、ふじ先生から頂戴したと思いました。

 まあ、うちの部員達に対しては・・・曲がりなりにも全国に向けてディベートに取り組んでみて、それでも全敗&惨敗し、帰ってきてからの文化祭におけるディベートでも、現部長は元部長から「進歩が見られない」と言われ・・・別な部員達も、証拠資料を探し求めたりしませんし、ディベートの戦略をみんなで考えたりしませんし・・・その結果として、場当たり的なディベートになり、相手側に対して(今回は相手の立論を事前に頂戴していたにも関わらず…)どのように議論を重ねれば勝てるのかも自分達で見出すこともできず・・・。

 取り組みの甘さ、認識の甘さ、他人任せ、顧問任せな体質を、これから半年かけて払拭して頂かなければ話になりません。

 口では「勝ちたい」と言いながら、認識が甘ければ行動が伴わないのですよ。

 いつまでたっても良い議論ができるようになりませんよね。

 負ければ悔しいくせに。

 もしくは、負けたという現実からも逃避して、他人のせいにしたりして…

 君たちにとって、「試合に勝ちたい」って、どういうこと?どういう意味があるの?
 少しは考えたら?

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 例えば学校の生徒たちを見ると、「高校は私立だった。大学は国公立へ行きたい」という意見を持った生徒が結構多いです。

 でも、「行きたい」と思うだけ、口で言うだけでは、試験に合格は出来ません。

 ここでも「行きたいなら、必要に応じてまじめにやれ」としか言いようがありません。

 「今出来ない(=解けない)ことが卒業までという“限られた時間内”に出来るようになるのか?」という点を、避けては通れないのです。

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 現状のベガルタが、上記にと似たような状態であるなら悲しいですね。

 選手は勝ちたいんですよね。

 監督も勝ちたいと思っているんですよね。

責任と自覚を持った準備をしているんですか?
 
選手一人一人の認識が甘いから、強い気持ちが足りないから、走り負けているんじゃないんですか?

 何かを払拭しなければ向上が見られない、という状態だとすると、うちの部員達と大差ないでしょうに・・・。

 今週末、ホームで勝って3連勝してくれることを、1サポーターとして願っています。

 試合をするのは選手なんですから、サポータは頑張って欲しいと願って応援することしかできない、それだけの存在なんですけど、練習等を含めた試合までの準備とか、強い気持ちを持って試合に臨んで欲しいとか、試合中の応援の範疇を越えた部分については、監督始めスタッフに依存するしかないでしょうに。分かってよ都並さん!

 ほら、一緒ですよね。
 「試合に勝ちたい」って、どういうこと?どういう意味があるの?

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コメント

名越先生,こんにちは。ふじです。
このブログは毎日拝見しておりますが,今回は自分のことが出ていて驚きました(笑)。」
さて,補足的な手段ですが,ディベートに限らず「ほめる」っていうのも大切なような気がします。目指すところが高いほど,なかなかほめる機会は少ないわけですが,うまくほめることが生徒のやる気につながり,自立へと結びつくように感じております。

投稿: ふじ | 2005.09.21 06:46

 NAKO-P先生の顧問として、生徒に対する
苛立ちを感じます。

 私もディベートでは「褒める」ことがとても
大事だと思います。人にもよりますが、
褒められるとさらに頑張ろうというモチベー
ションが上がるからです。

 私の経験では、休日に他の活動をしない
で時間とお金をかけて準備したにもかかわ
らず、ジャッジから「負け、ここがダメだった
」と指摘されると、凄くがっかりします。「
それを乗り越えていくことも必要だ」と言わ
れそうですが、ジャッジの何気ない一言
が、おそらくジャッジが想像している以上に
グサっときます。

 こういう時に「ここが良くなかったけど、
ここは良かった」と褒めていただけると、
また頑張ろうという気になります。

 明確な根拠はありませんが、今の生徒
は、以前ほど辛抱強くないと思います。
だから、「褒める」ことがなおさら大事か
と思います。

 顧問として大変かと思いますが、ご健闘
をお祈り申し上げます。

投稿: 転機 | 2005.09.21 09:40

 ふじ先生、転機さん、コメントありがとうございます。
 さて、厳しめに書いたために「苛立ち」を感じられたことと思いますが、ネットで文字に表現していない様々な経験からの帰結によるものです。

 誉めることが大切なのは分かっています。
 ですが、人間どうしても、「痛い目に合わないと成長できない」のかな、と思います。
 「痛い目」とは、教員が生徒を痛めつけることではありません。

 ディベートという競技は、立論・質疑・一反・二反が、それぞれの役割を果たせて初めて、チームとして主張したいことがジャッジに伝わるのだという印象を、現在持っています。

 するとどうしても、『個々人が責任を果たさねば、チームメイトに迷惑がかかる』のです。

 まずは『自分の行動が別のチームメイトに迷惑をかけている“事実を認識する”』ことが第一歩なのです。最初、本校の生徒たちは、「自分は頑張っている=十分=満足」&「友達が頑張っていれば少しくらい手を抜いても勝てる」という認識でいました。
 根本的に、それが『とんでもない間違い』であることに気付いてもらう必要があります。
 気付く方法が『痛い目=失敗=敗戦』か『教員の(厳しい=現実を直視した)指摘』だろうと思われます。
 私は、生徒たちの行動の結果が他のチームメイトの迷惑になっていることを、頑張って説いているのですが、“のどもと過ぎれば熱さ忘れる”かの如く、学習効果がない(T_T)上に、別な人にも迷惑をかけている現状を嘆いています。

 そして、他人に迷惑をかけないことから逆算して考えると、『事前に最善を尽くす』ことが大事だという結論になります。
 私は、失敗は叱りません。誰でも失敗はあります。ですが、事前にきちんとした準備をしていなかったための、偶然ではない必然的な失敗は、厳しく指摘しなければ過ちを繰り返します。
 私の好きな言葉であるように「“学んだ”と言う事の唯一の証左は 変わる 事である」ことが必要です。
 どう変わるべきか。
 結論は「責任と自覚」です。
 簡単なことです。証拠資料は自分で探す。“なぜ?”の答えを自分で考える。ディベートの試合では相手の主張に真摯に耳を傾けて、頑張ってメモをし、まずは“相手を理解しようと努める”。

 上記の自覚が生徒に芽生えない限り、良いディベートはできません。
 ですが上記のことは全て、特別な才能を必要とすることではありません。
 できない=自覚がない、です。
 自覚を促すためには、やはり教員が、厳しいというよりは“毅然とした態度で”臨む必要があると思います。

 ディベートを介した人間教育、です。
 良い議論とかディベートの技術以前の問題になります。

 それでも最近、生徒達もようやく、幾分かは理解が進んだのかな、という気がしています。それは、彼等の言葉の端々に現われていて、ほっとするのですが、まだまだ足りません(^^;
 大会前から「君らは1年前、半年前から比べると間違いなく成長している。でもまだ改善しなければならない点がある」という言い方をしています。
 『誉める』という方法ではカバーできない分野があることを私自身が気付いてしまっているために、多少苛立っているのかもしれません。ただそれを、生徒にぶつけるようなことはしません。曲がりなりに教育を担う人間ですから(^^;

 後は、実際にお会いできたときにでもお話しします。
 幾分かでもご理解頂けると幸いです。

投稿: NAKO-P | 2005.09.21 10:43

 もう少し書きます。

 軽率な行動により、チームに迷惑をかけているという自覚がない(状況や他人のことを理解できていない)のはやっぱりまずいですよね。

 で、迷惑をかけている事実を知らされたときに、無責任な開き直りをして責任逃れな態度をされるのもすごく困りますよね。

 素直な子であれば、謝って、反省して、仮に同じ失敗をすることがあったとしても、結果として成長します。それが自然だと思います。

 成長がないのは、幼いというか、視野が狭いというか、分かっていないというか、頑固というか、思いこみが激しいというか…(T_T)頼むよ~

 ディベートっていうのは、そういった人間的側面にすらアプローチできる教育手法であると実感しております。

投稿: NAKO-P | 2005.09.21 13:06

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