カテゴリー「ディベート09-10」の51件の記事

2010.11.03

殺処分を減らす、小さな要素(reflect on 中学論題:2)

 「売るだけ売って、感知せず」…まるで水道の蛇口からいつでも水は出るが、流した水をどうするつもり?といった印象を、このペット論題の内因性に感じていた中学生及び指導者・関係者の方は多いのではないかと思います。

 ペットというのは、売るだけ売っておいて、でも消費者はペットの最後に責任を持てず、最期には殺処分、という現状ではないか…という見込みであると思いますよね?

 ですが、前回も書きましたが、様々な取り組みにより殺処分は減少傾向にあるのですが、犬の減少と猫の減少とでは、明らかに差があります。

 さて、その理由を御存知な方は、いますか?
 そのうちの一つ、子ネコの殺処分が減らない理由が前回の記事でしたが、もう一つ、犬は「売るだけ売って、感知せず“ではない”」現状があります。

 犬を飼ったことがある人は恐らく気づいていたと思うのですが、中学論題に関わったディベート関係者で、その違いについて、気づいた方はいますか?

 それはひとえに、人間の側の都合による違いなのですが…

#え、知らずにディベートをしてましたか(^^;??

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2010.10.04

プランでは殺処分が、減らない!?(reflect on 中学論題:1)

 「ペットの売買を禁止しても殺処分は減らないのではないかと推測しています!」と言うと、今年の中学論題に取り組んでいた方々は驚かれます(^^;

 今年のディベート甲子園・中学論題での試合で、ペットの売買が禁止されると、捨てられたペットの殺処分が減る、という議論をよく耳にしたと思いますが、一旦考えて下さい。

 減るのは、犬ですか?ネコですか?ウサギや小鳥などの他の動物ですか?

 …実際のところ、今年のディベートで扱われたのは、犬・ネコのケースが多いですよね。

 さて、以下の4つのうち、最も殺処分されているのは、どれでしょうか?

  [ 子犬 ・ 成犬 ・ 子猫 ・ 親猫 ]

 どうぞデータを御覧下さい。

 http://www.city.sendai.jp/kenkou/doukan-c/pdf/001.pdf
 http://www.city.sendai.jp/kenkou/doukan-c/pdf/002.pdf

 http://www.pref.miyagi.jp/doubutuaigo/管理業務(H21).pdf

 犬とネコを比べたら、殺処分は、ネコの方が一桁多い数で行われています。
 統計的には、一桁違うって、有意な差だと思います。
 この段階で、メリットが「殺処分の減少」なのに「犬とネコとを一緒くたに扱っている議論」や「犬の例だけを挙げて現状分析を行って内因性の説明を試みている議論」は、怪しい、となります。

 さて次に、ネコはネコでも、親ネコと子ネコでは、子ネコの方が殺処分数が明らかにに多いですよね。

 さて、その理由を知っている人も、当然いるとは思うのですが、その「殺処分は子ネコに対して行われるのが最も多い理由」を“ネットや書籍のリサーチ”だけで知った人がいたら、是非コメントを下さいm(__)m

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 御存知の通り本校は、その理由を、仙台市動物管理センターの職員の方から伺って、初めて分かりました。

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2010.09.13

コツを掴めば英語でも日本語でも(reflect on 高校論題:8)

 「今の判定について解説してくださるのですか?」という、引率された先生の言葉が印象的でした。

 前回も書きましたが、東北予選の翌日、朝2番の新幹線で関東予選の見学に行きました。前回の啓明高校さんも、一生懸命に考え抜いた上にディベートをされていて、残念ながら負けてしまったことを感じ取り、フォローに伺ったのですが、次に見学した試合で負けてしまった宇都宮女子高校さんのところにも、別な理由があって「行かねば」と思ったのです。

 僕の中には3つも理由がありました。

  1. 確か第一反駁の生徒さんだったと思うのですが、スピーチ中の主張の前で、言葉に詰まるのです。それは出だしの短い発音で「あ、今、英語で話そうとしたのを飲み込んで、その英語の意味と同じ意味の日本語を探して言い直した」というのを察しました。
     そうそう、確か宇都宮女子高校さんは、『全国高校生英語ディベート大会』に出場していて、ベネッセチャンネルの『高校生が英語でディベート』にも出たことがあった、と思い出しました。
     
  2. その第一反駁さんは、否定側の第一反駁へ再反駁を丁寧に行なっていたのですが、否定側立論への反駁が僅かしかありませんでした。
     これも、英語ディベートの影響か?と思いました。
     ご存じない方もいるのかもしれませんが、英語ディベートのフォーマットにおける反駁は「Attack」と「Defence」とに分かれています。アタックは反駁、ディフェンスは再反駁です。僕の推測でしかないのですが、彼女は「Defence」担当で、ディベート甲子園フォーマットの肯定側第一反駁では、「Attack」と「Defence」の両方を4分の制限時間内でこなす必要があることに、あまり慣れていなかったのではないかと思ったのです。
     
  3. 第二反駁さんが、ある種“会心”の、“別な試合であったなら”適切だった議論のまとめをしたのですが、それはジャッジが採ってくれませんでした(0-3の敗北)
     そのことについては、主審が講評・判定の中で、間違いなく適切に述べて下さっていました
     しかしながら、ディベートに慣れていない方々は、その適切な講評・判定を聞いても、中々理解に至らないのです!(←仕方がないことだと思っています)。
     ですから、このままでは「なぜ負けたのか」に気づけずに、(日本語)ディベートに対する悪いイメージを抱いたまま、会場を去ることになることが懸念されたのです。

 前回同様、関東甲信越支部の関係者ではありませんが、NADE東北副支部長であることを明かして、「もしかしたらどうして負けたのかがよくわからずに、このままだとディベートが嫌いになっちゃうかもと思いまして…」と語りかけたのでした。
 その時の顧問の先生の言葉を最初に書きました。「あぁ、話しかけて良かった!」と、本当に思いました\(^^)/

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 啓明学園の皆さんと同じく、宇都宮女子高校の皆さんも、論題に対して一生懸命に考えて、また、ディベートについてもよく学んで試合に望んていることが感じられました。
 しかしながら啓明学園さんと同じく、ディベート甲子園ルールのディベートに慣れていなかったのかもしれません。
 フローを書いていなかったり、また議論に用いられた文言に注意深くなければ、肯定側の勝利と思ってもおかしくありません。
 また“会心の第二反駁”だったので、宇都宮女子高校さん側は、勝てたと思ったでしょう。
 ところが、ジャッジは肯定側のメリットと比較して、否定側のデメリットを大きいと受け取りました。

 そのギャップ、つまり上記3点目についての誤解を解くことが先かと思いました。

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2010.08.22

敗者のために動く!(reflect on 高校論題:7)

 「東北予選を勝ち抜けたら、次の日の関東予選の見学に行く」という合意を、生徒の保護者からも事前に取り付けておりましたので、7月18日(日)の夕方、東北福祉大前のみどりの窓口で私と中高生7名分の『ウィークエンドパス』と新幹線の自由席特急券を買いました。

 ちなみに、以前にも書いているのですが、スパイの気持ちで行く…以上に(^^;、他地区の議論、そして他地区の大会の様子から中高生が受けるインパクトは大きく、教育効果も高いのです!

 前日までの疲れが残っているためか、19日の朝、約1名遅刻した生徒がいたために(^^;、列車を一本送らせて朝2本目の6:35発のやまびこで上京し、電車を乗り継いで、関東予選(2日目)が行われる読売理工医療福祉専門学校へ飛び込みました。

 第1試合に中学生の試合が組まれていないことが事前に分かっていたので、中学生を控え室で休ませました。
 僕は、鎌倉高校vs啓明学園高校の試合を見学しました。

 鎌倉高校さんは今年、初めて全国大会への進出を果たすのですが、なるほど、「ディベートクラブ『たま。』」さんが、丁寧に指導されていたのですね。特に質疑と2反をこなしていた生徒さんが上手でした。その時のメリットは「QOLの向上」でした。

 一方で否定側の啓明学園さんは、恐らく大会出場の経験も少ないのでしょう。その時のデメリットは「医療の名の下に~~モラルが崩壊し、更には社会が崩壊する」というものでした(すべてをメモすることが出来ずに失礼しました)
 試合に慣れていないのは、立論の3要素が整理されていない様子などからすぐに感じられました。

 そんな中で、以下のような議論が出されました。

「患者の本心を確認するのは難しい→誤診は殺人に繋がる
 患者の本心を無視する形での安楽死の導入は、生きる権利の否定である。
 これは2つの観点で問題だ。
 1点目:哲学的に問題である。キリスト教の教えでは以下の通り
 資料:聖路加病院 日野原 重明 「『フレディ』から学んだこと」より引用
  「命は神様から与えられたもの」
 2点目:(キリスト教ではない方への)一般的な考え方は~~ (以下略)」

 このあたりで、会場から「クスクス…」との笑い声

 ディベート的弱者切り捨ての現実!angry
 勝てないチームを見下すようなディベートコミュニティーなんぞには新規参入校など見込めません!普通の中高生だったら、そういう集団へ仲間入りしようとは思わないですよ。逆に集団は偏りが生じて、普通じゃない異様な集団となり、全体が小さくなることが予想されます。そのことがゆくゆくは自分たちの首を締めることを、「知らぬが仏」でいいのか「後悔先に立たず」なのか…

 この試合は、3-0で啓明学園さんが負けるのですが・・・たまたま、その教室は次の試合で使われないこともあり、僕は動くのです。

 ディベートに慣れていない、けどしっかりと考えていて、大会に出場してくれて、頑張って主張して、でも勝てないというチームのディベーターの気持ちは、よ~く分かるんです!
 それから、確か啓明学園さんはキリスト教系の学校だったはず、という予備知識もあり、何の因果か僕もクリスチャンでキリスト教系の学校に務めていますので(^-^ゞ

 なお、その会場には、あと2人、この記事で紹介したい人がいます。

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2010.08.20

私見!(reflect on 高校論題:6)

 一連の記事ですが、読み手に何かが伝わるように、敢えて刺激的なタイトルを続けてきました。また今回、やや偏ったところで間が空いてしまいましたm(_ _)m

 ただ私達にとっては、論題に対して真摯に向き合い、学びを深めたプロセスを経たことに関しては、間違いなかったと評価しています。以前「知らずのディベーターは、危険だ!」という記事を書きましたので、まだご覧になっていない方は是非この機会に御覧下さい。

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 私にとっては今回の論題は2回目で、2003年当時は、末期癌の患者さんからお話を伺うまでは、議論の本質が掴めず、それでもなお、まるで暗闇に発砲して当たったのか当たらなかったのかすらよく分からないようなディベートをしていた感がありました。

 今回は少し、論点が見えてきた気がしています。
 自分なりに6点、説明します。

(1)現状に関して伝えるべきは「苦しい」ではなくて「困っている」ではないか?

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2010.08.17

現在の日本政府は、否定側!(reflect on 高校論題:5)

一番のデメリットは、学校で君たちのような高校生に、『日本では(ある条件が整ったら)安楽死ができるんだ』と教育されること

「この論題を高校生にやらせようとした人は誰?そういう大人たちこそまず、積極的安楽死についてのレクチャーを受けるべきだ」

「申し訳ないけど、君達からの質問は稚拙すぎて、今回は答えないことにする。先生からの質問も同様(に稚拙だ)

…と、今日は一体どうなるんだろう???という形で、訪問は始まりましたbearing

 ですが、話を聞き終わった頃には、納得するのですcoldsweats01

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http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/05/dl/s0521-11a.pdf
平成19年5月『終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン・解説編』
厚生労働省医政局・終末期医療の決定プロセスのあり方に関する検討会

④ 生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死は、本ガイドラインでは対象としない
*注7 疾患に伴う耐え難い苦痛は緩和ケアによって解決すべき課題です。積極的安楽死は判例その他で、きわめて限られた条件下で認めうる場合があるとされています。しかし、その前提には耐え難い肉体的苦痛が要件とされており、本ガイドラインでは、肉体的苦痛を緩和するケアの重要性を強調し、医療的な見地からは緩和ケアをいっそう充実させることが何よりも必要であるという立場をとっています。そのため、積極的安楽死とは何か、それが適法となる要件は何かという問題を、このガイドラインで明確にすることを目的としていません。
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 この検討会の場の議論から、積極的安楽死を外す方向付けをされた方は、仙台の方だったのです(^^;
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/05/dl/s0521-11c.pdf

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2010.08.15

実際の積極的安楽死を見てからのディベートを…(reflect on 高校論題:4)

 日本ALS協会宮城県支部の窓口として、東北大学医学部医療管理学教室の伊藤道哉先生にアポイントを取り、生徒からの質問を予めFAXをしてから、伺いました。

 聞くと伊藤先生も丁度昨年、大学での基礎ゼミの一環で、積極的安楽死のディベートをなさっているということでした。ディベートに理解を示して下さった上での応対をして下さりました。
 質問にも真摯に応えて頂き、私達の理解は深まりました。

 ですが、私達の想像を超えた対応が、一つありました。

 「皆さんは、実際の積極的安楽死を見たことはありませんよね?」

 そりゃ、現在では積極的安楽死など認められていませんしね!

 そこで、一本のビデオが渡されました。

 実は過去に一度、オランダで積極的安楽死を取材したドキュメンタリー番組「依頼された死」を、TBSの『スペースJ』という番組で放映したことがあるのです。
#参考 → http://www.arsvi.com/d/et-ned.htm

 「あなた達は積極的安楽死についてディベートをしますが、実際には、このビデオに収められた積極的安楽死をする、という提案をしていることになるのです。その実際の積極的安楽死がいかなるものか、知っているのと知らないとでは違うでしょう。

 ただし、生徒に見せる前に、このビデオを生徒に見せて良いのか否か、先に先生が見てから、判断をして下さい

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2010.08.14

痛くて当たり前!(reflect on 高校論題:3)

 前回少し触れましたが、僕の中では、癌の話を織りまぜてつくられる数的な重要性は小さい、と思っていました。確かに、2003年、そして今年も、数の話題を出したほうがジャッジに採ってもらいやすい、とは思います。

 しかしながら、2003年の段階で僕は、末期ガンの患者さんから既に、話を聞いてしまっていたのです。

 今一度、【 こちら 】を御覧下さい

 うちの中学生が、末期ガンで宮城県がんセンターの緩和ケア病棟に入院されている末期ガン患者に、聞いてしまったんです。

 「実際には痛いんですか?」

 その答えは、

「癌は痛くて当たり前なんです。痛いから死ぬ、という話は、ありません。」

「ガンは、痛いとかで乗り越えられるものではない
 (今は)
安楽死をしたいという人にどう接するかを考える時代だ」

 僕はこの時、論題の捉え方が変わりました!

 高校論題に取り組んだ皆さんが、もしもこの方に、ディベートの試合に臨む前に出会われたら、なんと声をかけますか?
 痛みが和らいでも「実際には精神的な苦痛もありますよね?」とか、聞きますか?

 もちろん、このような患者さんは、プランに該当しない、積極的安楽死を施すような患者さんではないので、区別されるのですよね?

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 でも、僕は考えます。

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2010.08.13

徐々に軌道修正(reflect on 高校論題:2)

 2003年以降、「積極的安楽死を認めても良いという病気はいかなるものか?」とずっと考え続けていました。

 一度だけ、深夜のニュースの特集だったと思うのですが「(飛び降りなど)意志がないのに自殺行動をしてしまう病気」というのを見たことがあります。奥様がその病気で、旦那様がいつも一生懸命に止めていた(体を押さえる、など)という記憶があります。しかしその時には、番組をチェックする術がなく、何という病気か分かりませんでした。
 ですが、そういった病気であれば、本人の意志がないままに自殺されるよりも、合意のもとで“早くに”死を迎える積極的安楽死を施しても良いのかなぁ?、とは思っていました。
 …結局のところ、その病気が何という病気かは、今現在もわかりません。

 そこで前回書いたように「(死にたいという)要望を受け入れないことの方が反倫理」という事例があるALSであれば、場合よっては、積極的安楽死を施しても已む無し、という主張ができるのかな?と思って、リサーチをしました。

 すると身近の宮城県ALS協会のサイトに、非常にラディカルな主張をされている方がいらっしゃることを知りました。

http://www.miyagi-jalsa.net/060312koen/02.html
日本ALS協会宮城県支部ホームページ 2006年3月12日に行われた講演会でのALS患者の渡辺春樹さんの発言
「ALS患者にとって、気管切開と人工呼吸器による延命の選択は今までどおり患者本人に委ね、その処置後の患者で尊厳死を望む者には、安楽死を、となったらどんなにか良いでしょう!その方が研究者もゆっくり研究出来てよくはないでしょうか?
(中略)
苦痛に満ち惨めで、治らない病気の時は死んだ方がましです。ALS患者が人工呼吸器で長生きすると、体が全く動かなくなり、眼球も動かず、まぶたは閉じたままになります。生ける屍です。」

 実は私の通っている教会には、菅英三子さんという著名なソリストがいまして、毎年ALSの患者さんを招いてチャリティーコンサートを開いています。私も一度行ったことがありまして、ALSの患者さんを目にしたことがあります。
 そういう予備知識があった状態で、前回書いた照川さんの事例、この渡辺さんの事例があると、現状では困っていて、(消極的安楽死に留まらずに)積極的安楽死までを求めている方がいらっしゃるのだなぁ、と思いました。

 そこで本校はオンラインディベートで、この資料を用いて試合をしてみた場合、どのようになるのかを試してみました。

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2010.08.12

尊重しないことがむしろ反倫理(reflect on 高校論題:1)

 論題発表後、実際にどのように学びや考えを進めてきたか、ということは、勝敗に影響する可能性もあり、中々オープンにはできません。

 そこで、全国大会も終わったこの時期に、取り組みの一例を今後に残す意味もあるだろうと考え、大まかな流れを中高に分けて振り返りの記事を作成してみます。

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 本校において私の校務分掌は『情報システム部』への所属となっております。
 校内のネットワークや情報&データ処理を主な仕事として、幅広く頑張っております。
 その『情報システム部』の担当の方のおかげで本校には、主に小論文や志望理由書を書く生徒達に役立ちそうなテレビ番組を、DVDに保存してあります。
#もちろん著作権法の範囲内で、校内での教育目的での利用のみに活用しています。

 ディベート甲子園の論題が発表される前も、そのビデオの幾つかを見て、日本の経済に関する内容などを学ぼう、という形で部活動をしていました。

 で、いざ論題が発表された後、そのDVDに残された番組の中に…中学論題に関するものも、高校論題に関するものもあったのですが・・・どういう訳か3月当初、中学論題のものはすぐには見つかりませんでした。
 逆に、高校論題のものはヒットでした!

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クローズアップ現代:2009年 2月 2日(月) 放送
“私の人工呼吸器を外してください”~「生と死」をめぐる議論~(NO.2691)
http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=2691

(以下、引用開始)
「「私の病状が重篤になったら、人工呼吸器を外してください」。こう訴えるのはALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者、千葉県勝浦市で暮らす照川貞喜さん(68)。今は呼吸器を付けて生活しているが、病状が悪化して意志疎通ができなくなった時点が自分の死と考え、死を求める要望書をかかりつけの病院に提出したのだ。病院は倫理委員会を設置。1年間にわたって議論が行われ、去年「照川さんの意志を尊重すべき」という画期的な判断を示した。しかし、現行法では呼吸器を外すと医師が自殺幇助罪等に問われる可能性があり、波紋が広がっている。」(終わり)

… … …

 僕が印象に残ったのは、以下の言葉です。

http://samuraigiyou.blog116.fc2.com/blog-entry-43.html
(上記クローズアップ現代のセリフを文字に起こしたサイトです)

(インタビュー: 倫理委員会委員長 田中美千裕医師)
「田中: (議論では)自分が照川さんだったら、自分がその配偶者だったら、自分がその家族だったら、と置き換えてものごとを考えるというのが思考過程で重要な位置を占めていたと思います。
本気で照川さんの意思を尊重してあげないと、そのことがむしろ反倫理、倫理に逆らうのではないか。委員のメンバーの多くが共感していたことだと思います。」
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 論題発表の1年以上の前の番組を見ることができること自体、情報システム部の担当の方のお働きに感謝です。

 そして番組を見て、様々な立場の人(精神科医とかだけではなく)1年も協議して、患者の意志を尊重しないことの方が反倫理、という事例があるのか、というところが、今年の出発点でした。
 ただ、上記事例についてネット上をいろいろと調べてみると、賛同する意見もあれば、同じALSに関わる方々からも反対の意見があることもわかりました。

 更に後ほど書きますが、実際にALSに関わっている方々からお話を伺うと、更に検討が必要な点が多くあることが学べました。

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